ジョナサンの唯一の希望は、墨野社長だった。
天野奈々のマネジメント契約は墨野宙の手中にあったため、彼は墨野宙に接触し、天野奈々を説得して『煉獄』のヒロインを演じてもらえないかと頼んだ。他の誰が演じても、制作を続ける意欲が湧かなかった。
「申し訳ありません、橋本監督。私もお断りせざるを得ません」墨野宙は丁寧に答えた。「妻が妊娠しているので、今は裏方の仕事なら余力がありますが、アクションシーンの撮影は無理です」
ジョナサンは一瞬驚いた。天野奈々がそんな理由で断っているとは思いもよらなかった。
「ああ、本当に残念だ」
ジョナサンは諦めきれない気持ちがあったが、墨野宙がここまで言うからには、選択の余地はなかった。
せめて、墨野宙が慰めてくれたことが救いだった。
「それならば、天野奈々さんの幸せを祈るしかありませんね」
墨野宙は軽く頷いた。一本の映画のために天野奈々とあかちゃんを危険な目に遭わせるわけにはいかなかった。天野奈々も同意しないだろう。
結局のところ、彼女はそれほどまでに女の子を産みたがっていたのだから!
ジョナサンが去った後、陸野徹は墨野宙を見つめ、しばらくしてから提案した。「社長、奥様はまだ『生存者』をご覧になっていないのではないでしょうか?手配しましょうか?」
「必要ない。私が連れて行く」墨野宙はそう言うと、再び書類に目を落とした。
……
深夜、墨野宙は帰宅し、天野奈々と一緒に二人のあかちゃんを寝かしつけた後、彼女のために快適な服を取り出して着替えさせた。「これから出かけよう」
「子供たちは?」
「母が来て面倒を見てくれる」墨野宙は答えた。
天野奈々は頷き、急いで服を着替えた。二人はカジュアルな服装で、極めて控えめに行動した。誰も想像しなかっただろうが、墨野宙は天野奈々を映画館に連れて行き、しかも最も観客の多い大きなホールを選んで、誰にも気付かれないように早めに入場した。
これ以上の説明は必要なかった。天野奈々は墨野宙が『生存者』を見せに連れてきたことを知っていた。そして、このような映画館でこそ、映画の本当の雰囲気を感じることができるのだった。
すぐに映画館は映画ファンで満席になり、座席率は非常に高かった。その中に座っている天野奈々は、思わず緊張を感じていた。