権守夜が結婚式から逃げ出した夜、中村さんは夏目栞に電話をかけてきた。「あなたが調べてほしいと言っていたことですが、確認が取れました。田村青流の後任は局長の息子だそうです。局長は最高の番組を自分の息子に任せたいと考えているようで、そのために田村青流を切ったようですね。」
「田村さんの代わりが務まる人なんていないと思います」と夏目栞は怒りを込めて言った。
「『大冒険』は長年続いてきて、驚くほどのファンを集めています。確かに、司会者が変わることに最初は視聴者が抵抗を示すでしょう。でも、時間が経って、イメージアップの記事が出回れば、すぐに『大冒険』を誰が人気番組に育てたのかなんて忘れられてしまうものです」と中村さんは現実的で残酷な事実を夏目栞に告げた。
「中村さん...田村さんがいなくなったら、私は『大冒険』にいられる気がしません」
中村さんは夏目栞の気持ちを理解していたが、彼女は『大冒険』と契約を結んだばかりで、違約すれば、やっと再建した自身のキャリアを台無しにするだけでなく、違約金も支払わなければならなかった。
「感情的になってはいけません」
「中村さん、田村さんのような地位の人でさえ簡単に切られるんです。私なんて、なおさらでしょう?私がスターメディアの所属タレントで、天野奈々さんの部下だから、話題性があるだけで、そうでなければ、いつか私も田村さんと同じ運命をたどることになるでしょう」
夏目栞の言葉は的を射ていた。
「この件は天野奈々さんに相談した方がいいわ。私には決定権がないから」と中村さんは夏目栞にアドバイスした。
夏目栞はうなずいた。少なくとも、田村さんが去るまでは冷静でいなければならないと思った。
実際、天野奈々はこの件について既に準備を整えていた。彼女が人材を大切にすることは有名だったからだ。
翌朝、天野奈々は『アリの女王』の撮影現場にも行かず、加藤静流に田村青流との面会を手配させた。
もちろん、これは夏目栞には内緒だった。
「名高い天野奈々さんにお会いできて光栄です」田村青流は天野奈々に会うと、礼儀正しく握手を交わした。
「田村さんは私が会いに来ることを予想していたようですね」と天野奈々も微笑みを返した。