「聞こえたよ」と墨野宙が二人の後ろに立って言った。
天野奈々は一瞬戸惑い、振り返って彼の意味深な表情を見て説明した。「つわりの症状が少しあるだけで、正常な生理現象よ」
「病院に行って、検査を受けよう」
天野奈々は少し困ったような表情を浮かべたが、面倒くさがることもなかった。墨野宙が検査結果を見るまで安心しないことを知っていたからだ。
中村明音はこの夫婦を見つめていた。さっきまで天野奈々は聡明で有能なキャリアウーマンだったのに、墨野宙の前では守られるべき弱い存在になっていた。
「じゃあ茜さん、私たち行きます」
「早く行ってらっしゃい」中村明音は頷いた。その後、彼女は再びトレーニングに没頭した。天野奈々が全ての道を整えてくれたとはいえ、少しも気を抜くことはできなかった。芸能界で長く生き残るためには、人々を魅了するものを見せなければならないことを知っていたからだ。
夕方なのに妊婦検診に行かなければならず、天野奈々は少し渋い顔をしていた。
しかし、病院で田村青流の姿を見かけるとは思わなかった。ただし、田村青流は天野奈々夫妻に気付いていなかった。
「田村青流の様子を見ると、背中が丸まっているから、軽傷ではないようね」
墨野宙は天野奈々に答えず、顎で正面を示した。天野奈々が墨野宙の視線の先を見ると、黒いスーツを着て、コートを羽織った夏目栞が二人の方に歩いてきていた。
天野奈々は夏目栞がまだ田村青流と関係があると思っていたが、夏目栞は天野奈々に「お久しぶりです」と声をかけた。
時間を数えると、もう2ヶ月近くになっていた。確かに久しぶりだった。
「あなた...田村青流と...」
「私たちはもう関係ありません。彼の後をつけているのは、彼の命があとどれくらい持つか確認するためです。おぼっちゃまが大金を使って彼を苦しめているのはご存知でしょう。私はそうすることで、加藤静流への罪悪感を少しでも和らげたいんです」夏目栞は説明した。「スーパースターの最近の動きも見ました。加藤静流のことも聞きました。彼女が困難を乗り越えられることを願っています」
「それに、私は本当に後悔しています...」
天野奈々はこれを聞いても、夏目栞を許す気にはならなかった。夏目栞が最も借りがある相手は加藤静流だからだ。
「では、お邪魔しません」