山本正博は淡々と言った。「高橋忠一が君にくれたあのマンションは、南條夜の名義だ」
池村琴子は驚いた。そのマンションが南條夜のものだとは思わなかった。
昨日、彼女はそのマンションを見に行った。
マンションは高級内装で、家具も揃っており、間取りと採光も良く、ソファで少し休んだだけで心地よさを感じ、すぐにそのマンションが気に入った。
ずっと兄からのプレゼントだと思っていたが、まさか所有者が南條夜だとは。
南條夜の申し訳なさそうな表情を思い出し、琴子の心臓が高鳴った。
南條夜は彼女に償いたかったのだろう、兄たちと共謀してこのことを隠していた。
でも山本正博はどうやって知ったのだろう?
「私のことを調べているの?」琴子は眉をひそめて彼を見た。「私も知らないのに、あなたがそんなに詳しく知っているなんて、スパイを配置するのも大変でしょうね」
山本正博は唇を引き締めて黙っていた。
高橋家の上から下まで全員が南條夜に好感を持っていることを知ってから、彼は常に南條夜の一挙手一投足を監視させていた。
これは本来秘密にしておくべきことだったが、つい口に出してしまった。
山本正博は咳払いをして、心の中の気まずさを隠した。「コンテストのことは決まった。しっかり準備して、私の金を無駄にしないように」
池村琴子は顔を曇らせ、口角を引きつらせ、手にした箱を彼に投げつけたい衝動に駆られたが、箱の中身が全て一点物だと思い直して我慢した。
そのとき、山本宝子の抵抗する声が聞こえた。「幼稚園に行きたくない、行かない!」
「坊ちゃま、もう遅れちゃいます!」
メイドは顔を真っ赤にして焦りながら、彼を追いかけていた。
山本宝子は全力で走り、ある人の足にぶつかった。
顔を上げると吉田蘭だった。小さな顔が喜びに輝いた。「おばあちゃん、宝子は幼稚園に行かなくていい?家でおばあちゃんと一緒にいたい」
吉田蘭は山本宝子を抱き上げ、優しく諭した。「宝子は昼間幼稚園に行って、夜におばあちゃんと一緒に過ごしましょう」
山本宝子は口を尖らせ、しょんぼりと顔を下げ、苦しそうな表情を浮かべた。
その様子を見て、池村琴子は意地悪く口角を上げて笑った。どうやら学校だけがこの困った子供を懲らしめられるようだ。
彼女のかすかな表情は山本正博の目に留まり、まるで芝居を見る子供のようだった。