「私のことを大切にすると言ったじゃないですか?」高橋進は意味深な笑みを浮かべた。「どうした?私が認知症になって恥ずかしいのか?」
「違います、違います!」高橋姉帰は慌てて手を振った。「ただ、お父様のことが心配なんです。まだお若いのに、他の会社の社長さんたちはもっと年上でも会社を経営しているのに、お父様は『病気』になって、会社を他人に任せることになって...」
「忠一は他人じゃない」高橋進は突然彼女の言葉を遮った。「私の息子だ」
高橋姉帰は気まずく笑って、急いで言った。「はい、はい、お兄さまはお父様の息子です。私の頭が混乱していて、すぐに理解できませんでした。ただ、お父様がこんなに早く引退するべきではないと思って...」
空気が凍りついた。
高橋進は笑いながら尋ねた。「じゃあ、私はいつ引退すべきだと思う?」
高橋姉帰は少し躊躇してから言った。「パパはいつ引退してもいいですけど、ただ、こんな形で引退するのは...情けないと思います」
高橋進は笑みを浮かべたまま、彼女を見つめて何も言わなかった。
高橋姉帰は背筋が寒くなり、手に力が入り、体を真っ直ぐに立たせた。
今日も完全に高橋進に会いに来たわけではなかった。確かに幾分かの真心はあったが、彼女が最も気にしていたのは高橋グループのことだった。どうして全てをお兄さまに任せられるのだろうか?
もし小林悦子が将来お兄さまと結婚したら、きっと自分の頭上で威張り散らすに違いない。
そう考えると、高橋姉帰は意を決して諭すように言った。「パパ、会社を全部お兄さまに任せたら、お姉さまのように、パパと絶縁してしまうんじゃないかと心配です」
その言葉が落ちると、高橋進の瞳孔が縮んだ。
この言葉は高橋進の不安を突いていた。
高橋忠一と仙の仲は良く、羽のことで、最近は息子たちみんなと疎遠になっていた。
老後の心配はしていなかった。会社の支配権が移っても、手元にはまだいくらかの資産があり、贅沢な老後生活を送るには十分だった。
しかし年を取ると、お金の問題よりも怖いのは、病床に横たわった時に、心を許せる人が誰もいないことだった。
誰もが知っている、年を取るほど孤独になるということを。
高橋姉帰の言葉は、高橋進の心の琴線に触れた。