この子を失って、彼は彼女にとって簡単に捨てられる存在となった。
子供という絆がなくなった今、彼は何なのか?
彼女は「W」組織に守られ、高橋家の愛娘で、兄に可愛がられ、母に甘やかされ、さらに東京で名高い南條夜が必死に求愛している人物だ。
そんな中、山本正博である彼は、一体何なのか?
以前は子供の父親という立場で彼女を気遣い、道を開くことができた。
でも今は、何もかもなくなってしまった。
そう悟った瞬間、山本正博の心臓が鋭く痛んだ。熱い鋼球が心臓に散りばめられたかのように、冷たく硬く、心の先を転がっていく。
彼は胸に手を当て、まぶたを伏せ、薄い唇が淡い笑みを浮かべた。
山本正博の体の両側に垂れた、関節が白くなった手を見て、松田柔子は声を詰まらせた。「誠治さん、私は…」
言葉は途切れた。
男の黒曜石のような瞳が人の心を捕らえる輝きを放ち、刃物のような視線で彼女の頭皮がゾクゾクし、手のガラスの破片による痛みも和らいだ。
山本正博は身を翻し、ドアの方へ向かった。
その時、ドアの前に立っていた山本正博の部下が松田柔子の前に来て、彼女を取り押さえた。
「何をするの?」
松田柔子は慌てて山本正博を見たが、彼は彼女を見向きもしなかった。
「警察署に連れて行け」
山本正博の声は冷たく、刃物のように彼女の胸を刺した。
「誠治さん…」松田柔子は目を見開き、信じられない様子で山本正博の背中を見つめた。
保釈されたばかりなのに、また自分を警察に送るつもり?
「誠治さん、私じゃありません、私は高橋仙に何もしていません…」
しかし山本正博は彼女を一瞥もせず、そうして松田柔子は連れて行かれた。
この光景を見て、山口念の冷淡な表情にようやく緩みが見えた。
見たところ、この山本正博は高橋仙のことを気にかけているようで、頭がおかしくなったように松田柔子の言い分を全て信じるようなことはなさそうだ。
たとえ彼が松田柔子を送らなくても、今日は彼女を警察署に送るつもりだった。
このような女性は、たとえ数日でも拘留されることで教訓になるだろう。
ただ残念なことに、今の段階では松田柔子を完全に追い詰めることはできない。
彼女はサングラスをかけ、そのままバーを出た。
すぐに、山口念が産婦人科に行き、バーで騒ぎを起こしたという噂が広まった。