秋山心が部屋を出て行くと、齋藤武史は加藤恋のそばに寄り、低い声で話し始めた。「奥様と同じように、私にも他人には言えない身分があります。奥様は……」
「安心してください。でも、あなたはあんなに射撃が上手なのに、なぜセイソウリキの秘書になろうと思ったんですか?才能の無駄遣いですね」加藤恋は冗談めかして言った。
「あなたと同じですよ。あなたはあれほど頭が良いのに、なぜセイソウリキの小さな社長に甘んじているんですか?さらには福田家で虐げられながら主婦として生活しているんですか」
加藤恋は齋藤武史を一瞥した後、布団にくるまり、それ以上返事をしなかった。
加藤恋は最近、どうしたことか頻繁に病院に出入りしていた。
齋藤武史の身分が並々ならぬものだと分かっていても、セイソウリキや他の人々に危害を加えるわけではないので、加藤恋は当然何もしようとは思わなかった。
おそらく唐沢行は齋藤武史の身分を知っているのだろう。ただ、明かさないだけだ!
廊下の外の秋山心は看護師を呼びに行くと言ったものの、その場に立ち尽くしていた。自分を殺そうとした人物が、まさか実の従兄弟だったとは……しかも秋山家で最も仲の良かった一人だったとは。
今、彼は心の中で祈っていた。もしかしたら秋山家に何か変化があったのか、あるいは従兄が誰かに利用されているのか。なぜ従兄は自分が北部に帰ることを望まないのか、まったく理解できなかった。
しかも、家族は自分の本当の性別を知らないはずなのに、すでに殺そうとしている。これは余りにも残酷すぎる。
長年、彼はうまく隠し通してきた。学校に通う時も様々な手段を使って、本当の身分や性別を隠してきた。しかし秋山家は……本当にこんな事態にまでなってしまうのだろうか?
秋山心は病室を見つめた。この件の他にもう一つ気になることがあった。加藤恋は一体どんな身分なのか。もし単なる福田家の奥様なら、齋藤武史があそこまで必死に彼女を守る必要はないはずだ!
理屈から言えば、齋藤武史が自分を守るのはセイソウリキの部長という立場があるからだ。では加藤恋は?福田家はずっとセイソウリキに頭が上がらない立場なのに、たとえ齋藤武史が善人だとしても、ここまでする必要はない。
携帯を取り出し、秋山心はこっそり撮った写真を見つめた。この写真はぼやけているものの、加藤恋の横顔が写っていた。