中村少華は松本旻を見向きもせず、一橋貴明を見て言った。「七兄さん、北ヨーロッパの件はどうなりましたか?」
一橋貴明はソファの肘掛けに腕を置き、淡々と言った。「今連絡が入ったところだ。我々の者が到着したとたん、北ヨーロッパの本部が火事になった。」
「えっ?」
松本旻は口角を引きつらせて言った。「誰だよ?こんなに早いなんて、生まれ変わりでもしたのか?」
その言葉を聞いて、池田滝に抜糸をしてもらっていた鈴木月瑠は、ゆっくりと顔を上げ、目を細めて、背筋が凍るような冷たい眼差しを向けた。
「私の欲しかったものは無くなったの?」鈴木月瑠は一橋貴明に尋ねた。その声には、骨の髄まで染み込んだ殺気が滲み出ていた。
一橋貴明は頷いた。
池田滝はそれほど気にせず、鈴木月瑠の手のガーゼを外し始めた。
彼女の白い手のひらには、痛々しい傷跡が横たわっていた。
傷の回復は早く、新しい肉が生えていたが、池田滝はこの傷跡を見て、やはり我慢できないほど怒りを覚えた。
栗本放治が一言尋ねた。「犯人は分からなかったのか?」
「ああ。」
一橋貴明はストレスでタバコを吸いたくなったが、鈴木月瑠を見て手を引っ込めた。「タイミングが絶妙だった。北ヨーロッパ本部に着いたとたん、寒門基地は半分が赤く燃え上がった。」
「鳳古平の仕業じゃないのか?」池田滝は鈴木月瑠の抜糸をしながら尋ねた。彼の周りの空気は重く沈んでいた。
「違うだろう。」
中村少華は目を細めて首を振った。「彼が月瑠にこれらのことを話したということは、彼女にそれらの資料を手に入れてほしかったはずだ。」
一橋貴明は首を傾げ、冷たい声で言った。「資料は手に入らなかったが、これは手に入れた。」
そう言って、部下が持ち帰ったものを取り出し、鈴木月瑠に渡した。
鈴木月瑠は円形の羊脂玉を受け取った。
羊脂玉は一元硬貨ほどの大きさで、全体が温かみのある白色で、赤い紐が付いていた。玉質は非常に繊細で温かみがあり、触れると温かくなった。余計な彫刻はなかったが、とても精巧だった。
鈴木月瑠の手のひらに置かれたその玉の飾りは、神秘的な暖かい光を放っていた。
鈴木月瑠はこの玉の飾りを見た瞬間、表情が一変し、眉目は氷のように冷たくなった。
彼女は玉の飾りを深く見つめ、指先が白くなるほど強く握りしめた。