第592章 渡道ホールにスパイがいる

高野広は不思議そうに尋ねた。「社長のような冷血漢が、ペットを飼うなら獅子や虎のような猛獣を飼うはずなのに、なぜ子犬なんかを飼っているんですか?」

藤原徹は東京の帝王であり、裏社会では血に飢えた冷酷な男として知られていた。めったに怒ることはないが、決して関わってはいけない疫病神のような存在だった。

彼のような立場の人間が、捨て犬を拾って飼うなんて。確かに彼の性格とは相容れない。

高野司は真剣な表情で言った。「広、社長は噂ほど冷たい人間じゃないんだ。」

「実は心の底はとても優しい人なんだ。ただ、幼い頃の辛い記憶のせいで冷たくならざるを得なかった。偽りの仮面を被って、心の柔らかさを隠していたんだ。誰にも見透かされないように。」

「奥様が現れてから、少しずつ社長の心が溶けていって、仮面を脱ぎ捨てて、人間らしい人間になれたんだ。」

……

高倉海鈴は従順な子犬を抱きながら、その柔らかな毛並みを優しく撫でた。「あはは...だから彩美さんに一言言っただけであんなに驚いていたのね。別荘で黒い子犬を飼っているなんて、想像もできなかったでしょうね。」

藤原徹の冷静な瞳に突然冷たい光が宿った。「夏目は大事なことを思い出させてくれた。」

「何を?」

「渡道ホールにスパイがいる。」

藤原徹の声は冷たく、高倉海鈴の笑顔も徐々に消えていった。彼女は急に気付いた。

そうだ。藤原徹が別荘で子犬を飼っていることは、奥様である自分も知らなかったのに、なぜ夏目彩美のような部外者がそんなに詳しく知っているのだろう?

あの人は藤原徹が別荘で私生児を育てていると推測し、しかもそれは一年前に引っ越してきたと。この情報は渡道ホールの関係者しか知り得ないはずだ。でも、誰なのだろう?

藤原徹は深い眼差しで、薄い唇を開いた。「ゴミ掃除をする時が来たようだな。」

……

陸田家。

陸田進はソファーに寛いで座り、優雅に熱いお茶を啜っていた。

突然、秘書が慌てて駆け込んできた。「若旦那!あの...」

陸田進は目を見開いた。「高倉はどんな反応だった?」

あの秘密はすでに夏目彩美に伝えてある。あんな口の軽い女のことだ、きっと人前で喋ってしまっただろう。高倉海鈴は藤原徹に私生児がいることを知ったはずだ。

彼が高倉海鈴を理解している限り、今回は藤原徹と離婚するだろう。