雨宮由衣が自分で帰ると言い出した後、庄司輝弥の瞳孔は更に暗く深くなり、その奥底に渦巻く暗流は今にも溢れ出しそうだったが、それはほんの一瞬のことで、錯覚かと思うほどだった。
雨宮由衣は彼が何も言わないのを見て、黙認したものと思い込み、何も知らないふりをして庄司輝弥の前に歩み寄り、彼の頬にキスをした。「じゃあ、行くね!おばあちゃんに挨拶してから!」
そう言うと、彼女は嬉しそうに家の中へと向かった。
雨宮由衣が中庭を去った瞬間、庄司輝弥の表情は一気に冷たくなった。
この時、井上和馬はもう絶望的な気持ちだった。
彼は祈っていた。雨宮由衣が愚かな行動を取らないようにと。しかし結局、彼女が自滅への道を突っ走るのを目の当たりにすることになった……
この愚かな女は、やはり黒田悦男に会いに行くつもりで、ご主人様を馬鹿にするように、何も知らないと思い込んで誤魔化そうとしている!
井上和馬は冷や汗を流しながら、おずおずと口を開いた。「九、九様……止めましょうか……」
庄司輝弥は少女の後ろ姿から視線を外し、ゆっくりと目を閉じた。
周囲は死のような静寂に包まれた。
庄司輝弥が命令を下さない以上、井上和馬は軽々しく動くことはできなかった。
一方、応接室では。
おばあさまは雨宮由衣が帰ることを知り、名残惜しそうな表情を浮かべていた。もともとこの子のことが気に入っていたが、この数日間の孫の変化も目にしており、自然と雨宮由衣への好感度も更に増していた。
「由衣ちゃん、私も分かっているのよ。九は孤独な性格で、気性も荒いけれど、本人もそうありたくないんです。きっと知っているでしょうけど、九は睡眠障害があって。考えてみてください、人が常に眠れないとしたら、どれほど辛いことか。性格が影響を受けるのも当然ですよね。
でも、九は由衣ちゃんと付き合い始めてから、様子がずいぶん良くなったように見えます。性格も穏やかになってきました。
由衣ちゃん、おばあちゃんは本当に感謝しているの。九への包容力と忍耐に。これからもし、この子が横暴な態度を取ったら、いつでもおばあちゃんに言ってください。必ずあなたの味方になりますから!」
おばあさまの心のこもった言葉を聞いて、雨宮由衣は感慨深く思った。「ありがとうございます、おばあちゃん!」