藤堂邸。
バスルームからはシャワーの音が響き、暖色系の白い照明に照らされた白い湯気が辺り一面に立ち込め、ほっそりとした人影を包み込んでいた。
「ガチャ——」
鍵のかかっていないバスルームのドアが突然開け放たれ、シャワーを浴びていた九条結衣(くじょう ゆい)は、その音に驚き飛び上がった。
慌てて近くのバスタオルを体に巻きつけ、シャワーを止めると、湯気は徐々に消え、ドアのところに立つ男の、整った顔が現れた。
しかし、その顔は凍りついたように冷たく、鋭い視線は九条結衣に突き刺さっていた。
「澄…澄人?」
目の前の男を見て、九条結衣は驚きを隠せない。まさか、こんな時間に藤堂澄人(とうどう すみと)が帰ってくるとは思ってもみなかった。
藤堂澄人はドアを閉め、険しい顔で彼女に近づいてくる。普段は物憂げな瞳は、今、底知れぬ冷たさを湛え、九条結衣を威圧していた。
「澄人…」
言葉にしようとすると、藤堂澄人に腕を掴まれ、後ろの洗面台に勢いよく押し付けられた。腰を大理石に強く打ち付け、痛みで顔を歪めた。
バスタオルを乱暴に剥がされ、九条結衣は彼を睨みつけた。両手でとっさに胸を覆い、「澄人、何するのよ!」と叫んだ。
「俺が何をするか、わからないのか?」
鋭い薄い唇が、血に飢えたような残忍な弧を描いた。
細い指でシャツのボタンを次々と外していく。床に落ちるボタンの音が、静かにバスルームに響き渡る。
藤堂澄人の目は、冷たく鋭く、九条結衣はこれまで見たことのないほど恐ろしい光を宿していた。
「澄人、離して!」
手首を掴まれ、身動きが取れない。力が増すたびに、九条結衣の眉間の皺は深くなった。
「なんだ?俺の前だと、また芝居を始めようってのか?」
芝居?
「芝居」という言葉が、九条結衣の胸に鋭く突き刺さる。
結婚して3年。藤堂澄人の目には、自分の全てが嘘偽りに見えているのだろうか。
「おばあちゃんに告げ口するのがそんなに好きなら、今夜は好きなようにさせてやる。その代わり、二度と文句は言うな」
九条結衣は、自分がなぜ藤堂澄人を怒らせたのか分からなかった。しかし、彼の言葉の一つ一つが、彼女の心に刃物を突き立てるように痛かった。
もがいて藤堂澄人から逃れようとするが、今の彼はまるで檻から放たれた野獣のようだった。どんなに抵抗しても、藤堂澄人の前では無力だった。
今のこの瞬間も、長年彼に抱いてきた感情も、全て虚しいものに思えた。
唇の端に苦い笑みを浮かべ、抵抗するのをやめた。
彼女の諦めを感じ、怒り狂っていた藤堂澄人はわずかに動きを止め、九条結衣を見つめた。
彼女の瞳の奥に隠された苦しみが、藤堂澄人の心の奥深く、触れられたくない部分に突き刺さった。整った眉が次の瞬間にきつく寄せられた。
しかし、彼女が過去に自分にしたことを思い出すと、彼は再び怒りがこみ上げてきた。