065.私は気にしない

そういうわけで、彼は彼女の側にこれほど長い年月いながらも、その一歩を踏み出す勇気が持てなかった。

他人が言うように、大切に思えば思うほど、臆病になってしまうものなのだろう。

渡辺拓馬は心の中で苦笑いを浮かべた。その時、前方の信号が青に変わり、彼は再び車を発進させた。

「でも、結衣、正直に言うけど、藤堂澄人と離婚した後は、もう結婚する気はないの?」

渡辺拓馬はいつもの調子に戻り、何気なく尋ねた。

九条結衣が気にも留めずに微笑むのを見て、その笑顔があまりにも淡々としていた。

まだ二十六歳という若さなのに、その笑顔の中に人生の哀愁が垣間見えた。

藤堂澄人のもとで一体何を経験したのか、こんなに誇り高く輝いていた少女の目の奥に、哀愁という言葉が浮かぶようになるとは。

「もういいの」