「結衣、もう帰るの?食事を済ませてから帰らない?」
九条結衣がこんなに早く帰ろうとするのを見て、藤堂お婆様の顔には隠しきれない失望の色が浮かんだ。
「結構です、お婆様。今度お茶でもご一緒しましょう」
九条結衣は藤堂お婆様に別れを告げ、振り返ることなく藤堂邸を後にした。
二階で、藤堂澄人は部屋の窓際に立ち、九条結衣が意地を張って真っ直ぐな背中で、少しの未練もなく藤堂家の門から消えていく姿を見つめていた。表情は険しく曇っていた。
本来なら、九条結衣を呼び出した時、彼の心にはまだ期待があった。しかし、松本裕司からの一本の電話で、八年前のあの忌まわしい記憶が蘇ってしまった。
だから、九条結衣が目の前に立った時、その記憶が止めどなく彼の頭に押し寄せ、理性を完全に支配してしまった。そして彼女が携帯に男との行為の動画が保存されていると言うのを聞いた時、彼は完全に爆発してしまったのだ!
つまり...八年前のことは本当だったのか?
彼女は別の男のために、彼にあんなことを?
藤堂澄人の目に宿る殺気はますます濃くなり、「バン」という音と共に、手に持っていたグラスが怒りで握りつぶされ、中の赤ワインが彼の長い指先を伝って滴り落ちた。
翌日。
藤堂グループ。
松本裕司は慎重に目の前の資料を藤堂澄人に手渡した。これは長い時間をかけて調査した結果だった。調査で判明した内容を思い出し、今の社長の表情を見ると、松本裕司にも理解できた。
結局、どんな男でもあんな屈辱を受けたら、納得できるはずがない。
唾を飲み込みながら、松本裕司は責任感を持って話し始めた。「社長、八年前の調べられる情報は全てここにあります。当時、社長に薬を盛った数人は翌日から行方不明になり、彼らの遺体は一ヶ月後に空き地で発見されました。法医学の検査結果によると、井上晶たちの死亡時期は、彼らが社長に薬を盛った翌日でした」
松本裕司は不安そうに藤堂澄人の冷たい表情を見つめ、意を決して続けた。「山下辰という人物は井上晶たちと同居していました。彼の話では、その前から井上晶は常にある女性と内密に電話をしていて、井上晶はその人物を九条さんと呼んでいたそうです」