これは九条結衣ではない

「お父さん、お姉ちゃんは悪くないの。私は大丈夫だから、行きましょう」

「何が行くだよ」

九条政は木村靖子が差し出した手を振り払い、冷たい目で九条結衣を見つめながら、低い声で言った。「結衣、調子に乗るな。お前は今まで何度靖子をいじめてきた?その度に彼女はお前に我慢してきたんだぞ。お姉ちゃんらしい振る舞いが一つでもあったか?」

九条政が愛人の娘を贔屓にし、正当な娘に横柄な態度を取るその様子に、周りの人々は見かねていた。

藤堂澄人は眉をひそめ、深い眼差しで九条政を見つめ、何か言おうとした時、九条結衣のかすれた声が低く響いた——

「お父さん」

彼女の声は小さく、九条政はその呼びかけを聞いて一瞬固まった。

九条結衣の口から「お父さん」という言葉を聞くのは、もう随分と遠い昔のことのように感じられた。最後に彼女がそう呼んだのがいつだったか、もう完全に思い出せないほどだった。