196.お前って結構下賤だな

「結衣、お前さっき……」

渡辺拓馬は九条結衣の急激な態度の変化を見て、驚きの表情を浮かべた。

九条結衣は笑いながら、目元に垂れた髪をさらりと払いのけ、言った。「清純な演技なんて、誰だってできるでしょ?」

そして、藤堂澄人の意味深な表情を見つめながら、笑って言った。「ごめんなさいね、藤堂社長。あなたの可愛い人の顔、今頃腫れてるでしょうから、早く見に行ってあげたら?」

そう言って立ち去ろうとしたが、藤堂澄人に遮られた。

彼は九条結衣の冷ややかな顔を見つめ、唇の端を上げて言った。「君が恩知らずだってことは前から知ってたけど、さっき俺が助けてやったの、見えなかったのか?」

彼はこの女が演技をしていたことを予想すべきだった。こんな冷酷な女が、本当に九条政の前で弱みを見せるはずがない。なのに彼は馬鹿みたいに同情してしまった。

九条結衣は一瞬固まり、さっきの藤堂澄人が上杉悟に言った言葉を思い出した。

口が肥えている?

木村靖子が気に入らないということ?

「あら、残念ね。あの三番目が拾った使い古しの靴を宝物みたいに自慢してたのに、結局その靴すら履かせてもらえないなんて。」

彼女は残念そうな顔で藤堂澄人を見て、肩をすくめた。「もったいないわね、拾っただけ無駄だった。」

傍らで渡辺拓馬が思わず笑い出した。藤堂澄人を使い古しの靴に例えるなんて、なぜかこんなに面白く感じるのだろう。

藤堂澄人は怒る様子もなく、ただ静かに渡辺拓馬を見つめ、穏やかに微笑んで言った。「渡辺次郎様、夫婦の内密な話をしているんですが、あなたがここにいるのは少し不適切じゃないですか?」

これこそが渡辺拓馬を最も苛立たせることだった。彼が何を言おうと、藤堂澄人が夫婦間の事だと一言言えば、彼には何も言う立場がなくなってしまう。

まだ離婚していないんだから!くそっ!

しかし彼はわざと藤堂澄人を刺激するかのように、彼を見つめて言った。「まさか、結衣が去ると決めた途端、自分が彼女を愛していることに気付いたとか?」

藤堂澄人が激怒して否定すると思いきや、彼はただシャンパンを一口すすり、淡々と言った。「そういう可能性もないとは言えないな。」

そう言って、また九条結衣に向かって意味ありげに微笑み、目に秘めた思いを隠しながら言った。「使い古しの靴だとしても、俺が履かせるのは君だけだ。」