藤堂澄人の息遣いが、絶え間なく彼女の頬を撫で、毒のように徐々に広がり、彼女の神経を麻痺させ、全身が硬直するのを感じた。
「何事も慣れない状態から慣れていく過程があるものだ。今まで経験がなかったなら、これから経験を積めばいい。分からないことがあれば、俺に聞けばいい」
藤堂澄人の口調は、あまりにも無造作すぎた。会社の機密に関わるこれらの書類が、彼にとってはまるで価値のないもののように、九条結衣の前に躊躇なく広げられていた。
九条結衣は思わず眉をひそめた。藤堂澄人の心の中で何を考えているのか、まったく理解できなかった。
「頭が痛くて仕事ができないって言ってたじゃない?なのにどうして私を教える余裕があるの?」
九条結衣が振り向いて尋ねたが、彼との距離が近すぎることを忘れていた。振り向いた瞬間、薄い唇が藤堂澄人の頬を掠め、二人とも一瞬固まった。
藤堂澄人の机の上に置かれた指が、わずかに震え、漆黒の瞳孔が突然収縮した。
その柔らかな唇が彼の頬を掠めた瞬間、彼の心臓も思わず震えた。まるで誰かの手が、いとも簡単に彼の心臓を弄ぶかのように。
九条結衣はさらに呆然としていた。先ほどの動作は意図的なものではなかったが、一瞬の触感が異常に鮮明に残っていた。
彼女の顔は耳まで真っ赤になり、いつもの冷静さと自制心が、今は戸惑いに変わっていた。
慌てて視線を外し、頭を後ろに引いて藤堂澄人の顔との距離を取ろうとした瞬間、大きな手が彼女の後頭部を押さえ、軽く力を入れて元の位置に戻した。
藤堂澄人の深い瞳に次々と湧き上がる波紋と、直視できないほどの感情に出会い、九条結衣の心が激しく震えた。
再び逃げようとすると、藤堂澄人のその端正な顔が、さらに近づいてきた。
近づく鼻先は、1センチも離れていない距離で、少し動けば触れてしまいそうだった。
「なぜ逃げる?」
彼は低い声で言った。その声には、抑えきれない嗄れた響きが混じっていた。
そして、いつもは凛とした薄い唇が開閉する瞬間、彼女の唇に触れそうになり、九条結衣の心臓を微かに掻き乱した。
「藤堂澄人、離れて」
彼女の声は少し震えており、それが緊張からなのか怒りからなのか、この時点では判断できなかった。
「なぜ君の言うことを聞かなければならない?」