この残虐な男

九条結衣は彼と喧嘩したくなかった。なぜ彼がこんなに頑固になったのか分からなかった。

「そんなに力を入れたら、傷口がまた開いてしまいますよ。」

彼女の瞳は相変わらず波一つない静けさを湛え、彼の傷口を見つめながら、優しく注意を促した。

藤堂澄人の口から冷ややかな嘲笑が漏れ、彼は彼女の手を掴んだまま少し力を緩めた。「これは何のつもり?私を一刺し刺しておいて、飴玉でもくれるつもり?」

九条結衣は眉をひそめたが、何も言わなかった。

「そんなの要らないんだよ。」

彼は冷たく唇を歪め、突然ソファから立ち上がって外へ向かった。かすれた声で繰り返し呟いた。「要らない、要らない……」

ドアの前まで来ると、彼は手を伸ばしてドアノブを掴み、握る手に力を込めて、最後にドアを乱暴に閉めて出て行った。

九条結衣はその場に立ち尽くし、藤堂澄人が去っていく姿を思い返しながら、眉間のしわを更に深くした。

しばらくして、彼女は何度も深い息を吸い、胸の痛みを押さえながら、小声で言った。「私、彼に悪いことなんてしていないのに、なんの権利があって私に怒るのよ。」

傷が開こうが開くまいが、警告したのに聞かなかったんだから、死んでも知らない!

九条結衣は心の中で自己正当化を重ねた後、すぐに気持ちが楽になった。

復縁する気がないなら、彼とあまり関わる必要もない。

プレステージクラブ——

広々とした個室の中で、派手な格好をした男女が集まり、酒を飲み交わしたり、踊ったりしていた。

人混みの中央に置かれた高級レザーソファには、藤堂澄人が無造作に寄りかかっていた。骨ばった指には血のように赤い酒を入れたグラスが握られ、細められた瞳は無気力そうに霞んでいたが、どこか冷たい霜が降りているようだった。

「田中社長、これって本当に社長が声をかけた集まりなんですか?」

松本裕司は声を潜め、隅でグラスを持って座っている田中行に近寄って小声で尋ねた。

「ああ。」

答えを聞いた松本裕司は驚いた。これは全く社長らしくない振る舞いだった。

まるで僧侶のように自制的な男が、自らこんな飲み会を提案するなんて。たった一日郵便室に左遷されただけで、社長は何か知らない衝撃を受けたのだろうか?

自分のボスを虎視眈々と狙い、いつでも近寄ろうとしている女性たちを見て、松本裕司は心配そうに眉をひそめた。