「また8年前のこと?」
九条結衣は眉をひそめた。藤堂澄人は何度も8年前のことを持ち出してきたし、今度は田中行からも聞かされた。
あの日、澄人が怒り狂って彼女を金雲ホテルに連れて行き、支離滅裂な会話をしたことを思い出すと、当時から何かがおかしいと感じていた。
でも、頭の中は澄人が九条初の親権を奪おうとしていることでいっぱいで、深く考える余裕がなかった。
今、田中行がまた持ち出してきて、結衣はその間に自分の知らないことがあるのではないかと感じた。
「8年前って何のこと?」
彼女は田中行を見つめ、胸の中の違和感を押し殺して尋ねた。
田中行は何か抑えているようで、何度か唇を動かしたが、言いかけては止めた。
「田中さん」
結衣は田中行の言いよどむ様子を見て、いらだたしげに呼びかけた。
田中行は彼女を見つめ、決意を固めたかのように口を開いた。「8年前、あなたは彼の酒に薬を入れて、それから...」
田中行は金雲ホテルで起きた全てのことを結衣に話した。話し終わる頃には、彼は全てを理解していた。
結衣の目に浮かぶ衝撃が全てを物語っていた。
澄人は終わりだ。
田中行は心の中で藤堂澄人のために黙祷を捧げながら、ふと、8年前のことを話してしまって澄人に申し訳ないのではないかと思った。
でも考え直してみれば、話さなければ、この二人はいつまで推測し合っていたことか。
こんなに感情鈍感な親友を持つと、田中行も心が疲れる。
「くそっ、藤堂澄人のクズ野郎」
同じように呆然としていた夏川雫は思わず罵った。同情的な目で結衣を見て、もう少し澄人のことを罵りたかったが、結衣の表情を見て、それ以上は言わなかった。
結衣はさぞショックを受けているだろう。
結衣は確かにこの事実に衝撃を受け、頭の中が混乱していた。この世にこんな荒唐無稽で信じられないような出来事があるとは思ってもみなかった。
藤堂澄人のそばで必死に寄り添った3年間は、こんな馬鹿げた誤解が原因だったなんて。
彼は何も直接聞かずに、彼女を闇の中に置き去りにし、3年間も冷たく扱ったのか?
これは一体何なのか。
何の説明もなく婚約を破棄し、一言も発せずに冷たい態度を取り、こんな馬鹿げた誤解のせいで?
自分が笑い者だと感じた。とんでもない笑い者!
「結衣...」