352.あの時、私を捨てたのはあなただ

「結衣」

彼女は藤堂澄人の方へ歩こうとしたが、田中行に腕を掴まれて動けなかった。

「離して!」

田中行は彼女の怒りの表情を完全に無視し、九条結衣の前に歩み寄って、「澄人の具合はどう?」

「寝ています」

九条結衣は病室の方を振り返って一瞥し、「あなたが来たなら、私は先に帰ります」

彼女は元々固かった心が揺らぎ始めているのを感じ、少し慌てていた。この感情をしっかり整理する必要があった。

「澄人が必要としているのは私じゃない」

田中行は口を開き、九条結衣の目をじっと見つめながら言った。「本当に澄人があなたに何の感情もないと思っているの?」

九条結衣は一瞬固まった。以前なら、きっと堂々と答えられただろう。でも最近は、何も感じないほど鈍感ではなかった。

特に先ほど病室で聞いた藤堂澄人の謝罪の言葉、そしてあの日彼が躊躇なく彼女をかばって棒を受けた時のこと、無視できるものではなかった。