352.あの時、私を捨てたのはあなただ

「結衣」

彼女は藤堂澄人の方へ歩こうとしたが、田中行に腕を掴まれて動けなかった。

「離して!」

田中行は彼女の怒りの表情を完全に無視し、九条結衣の前に歩み寄って、「澄人の具合はどう?」

「寝ています」

九条結衣は病室の方を振り返って一瞥し、「あなたが来たなら、私は先に帰ります」

彼女は元々固かった心が揺らぎ始めているのを感じ、少し慌てていた。この感情をしっかり整理する必要があった。

「澄人が必要としているのは私じゃない」

田中行は口を開き、九条結衣の目をじっと見つめながら言った。「本当に澄人があなたに何の感情もないと思っているの?」

九条結衣は一瞬固まった。以前なら、きっと堂々と答えられただろう。でも最近は、何も感じないほど鈍感ではなかった。

特に先ほど病室で聞いた藤堂澄人の謝罪の言葉、そしてあの日彼が躊躇なく彼女をかばって棒を受けた時のこと、無視できるものではなかった。

「この胃病がどうやってできたと思う?四年前にあなたが突然いなくなってから、彼は狂人のように世界中であなたを探し回った。見つからないからって、全てのエネルギーを仕事に向けて気を紛らわせようとした。そのせいでこの何年も食事が不規則になって、この慢性胃炎になったんだ」

この話を聞いた九条結衣は少し驚いた。藤堂澄人が四年間も自分を探していた?なぜ?

九条結衣の目に浮かぶ驚きと戸惑いを見て、田中行も何を言えばいいのか分からなかった。

この夫婦は他のことでは賢いのかもしれないが、感情面では、お互いに馬鹿すぎる。

九条結衣が何も言わないうちに、傍らにいた夏川雫が我慢できなくなった。

「もういい加減にして、田中行。たとえ彼が結衣を四年探したってどうだっていうの?結衣が出て行ったのは、藤堂澄人というクズ男が追い出したんでしょ?今さら何を取り繕うの?三年間も結衣を冷たくしたのは結衣?木村靖子というぶりっ子のために結衣を追い出せって迫ったのも結衣?」

夏川雫は軽蔑的な目で田中行を見た。「クズ男は群れるものね。あなたと藤堂澄人は同じ穴の狢よ。結衣の前で彼の弁護なんかしないで」

「夏川雫、黙れ!誰がクズだって?あの時俺を捨てたのはお前だろ!」

「ふざけないで!自分がどんな下劣なことをしたか、私が知らないとでも?」