356.この男は私、九条結衣のものでなければならない

彼女は夏川雫の方を横目で見て、淡く微笑んだ。「私はその時、ぼんやりと彼を見つめていて、心の中で思ったの。どうしてこんなにも綺麗なお兄さんがいるのかって。その顔を見ているだけで、私の悲しみが消えていくくらいに」

「プッ——」

夏川雫は遠慮なく笑い出し、九条結衣の作り笑いの中に潜む悲しみを見て言った。「へぇ、その時からイケメン好きだったんだ」

九条結衣は手を上げて、彼女の腕を強く叩いた。「死にたい?」

夏川雫は九条結衣が藤堂澄人のことを話す時、その口調がとても淡々としていることに気付いた。まるで物語を語っているかのように。

しかし、先ほど九条政のことを話した時の本当に淡々とした様子と比べると、藤堂澄人のことを話す時の声には、微かではあるが波があった。

おそらく結衣自身も気付いていないだろう。

「多分私の性格は祖父に似ているのね。生まれつき強引な性格で、その時私は思ったの。こんなに綺麗なお兄さんは、絶対に私、九条結衣の旦那さんにならなきゃいけない。将来は私しか嫁げないって」

夏川雫は彼女の強引な宣言を聞きながら、からかうように言った。「八歳だったのに、随分と早熟だったのね」

言い終わると、九条結衣の冷たい警告的な視線を受け、慌てて両手を上げて降参した。「はいはい、続けて」

九条結衣は何かを思い出したのか、表情の線が知らず知らずのうちに柔らかくなった。「それからは、毎日彼のことを考えて、また家に来てくれないかなって待ち続けたけど、もう二度と来なかった。祖父に聞いたら、海外に留学に行ったって。十五歳の時、祖父が藤堂家との縁談で、藤堂澄人との婚約を決めたって私に告げたの」

夏川雫はその時まだ九条結衣と知り合いではなかったけれど、彼女があれほど藤堂澄人のことを好きだったのだから、このニュースを聞いた時、きっと喜んだに違いないと思った。

そう思って、直接聞いてみた。

九条結衣は否定せず、すぐに頷いた。「もちろん。八年間も想い続けた人だもの、嬉しくないわけがないでしょう?」