九条結衣は、あの不倫カップルが自分に何かできるとは少しも恐れていなかったが、お爺さんがこれほど興奮しているのを見て、承諾することにした。
それに、あの厚かましい二人にお爺さんの家を汚されたくもなかった。
お爺さんとしばらく話をして、疲れて眠りについたのを見計らって、九条結衣は静かに病室を出た。
入院棟を出ると、藤堂家のリンカーンがまだ止まっているのが目に入った。
車内の人も彼女に気付いたようで、ドアが開き、運転手が彼女の方へ歩み寄ってきた。
「奥様、大奥様が車でお待ちです。」
九条結衣は少し驚いた。お婆様は1時間前に帰られたはずなのに、ずっとここで待っていたのだろうか。
九条結衣は運転手の昔の呼び方も気にせず、急いで車に向かった。
「お婆様。」
「お茶でも飲みに行きましょう。」
九条結衣は素直に頷いた。
二人は中華風のティーハウスで落ち合った。静かな雰囲気で、古風な趣が漂っていた。
「結衣、あの時なぜ藤堂家が九条家との縁談を持ちかけたのか知っているかい?」
座るなり、藤堂お婆様は単刀直入に尋ねた。
九条結衣は一瞬固まり、困惑の色を浮かべてお婆様を見つめた。
お婆様の言う縁談とは、彼女が15歳の時に藤堂家から持ちかけられたものだろう。
当時は、両家の家柄が釣り合っていて、彼らのような家柄では縁談は珍しくないことだと思っていただけで、深く考えてはいなかった。
他に何か理由があったのだろうか。
九条結衣の疑問に満ちた表情を見て、藤堂お婆様は何か面白いことを思い出したのか、突然笑い出し、九条結衣を戸惑わせた。
「澄人よ。」
九条結衣は一瞬固まり、目に隠しきれない驚きの色が浮かんだ。
「ある日突然、私のところに来て、九条家との縁談を望むと言い出したの。私も驚いたわ。他の男の子たちは結婚を先延ばしにしたがるのに、彼は19歳で縁談の話を持ち出すなんて。私が九条家との縁談を望む理由を聞いたら、どう答えたと思う?」
藤堂お婆様は笑みを浮かべながら、わざと話を引き延ばした。
九条結衣も興味を持ち、お婆様の問いかけに首を振って、続きを聞いた。「彼は、九条家のあの娘を娶りたいと言ったのよ。」
「私の孫のことはよく分かっているわ。プライドが高いたちなの。だから、あの時すんなり認めたことに私も驚いたわ。顔を赤らめていたのよ。」