九条結衣は一瞬固まり、さっきの違和感の原因に気づいた。「ダーリン」という言葉に鳥肌が立った。
「黙って、普通の男らしく振る舞えないの?」
藤堂澄人の口元の笑みが一瞬凍りついた後、軽く笑い、照れくさそうに鼻先を撫でながら「はい、言う通りにします」と答えた。
九条結衣は澄人を無視し、九条初とおもちゃコーナーで遊んでいた時、スーパーマーケット内で突然大きな騒ぎが起こった。
続いて、悲鳴が次々と響き渡った。
音のする方を見ると、ジャケットを着た中年男性が、18インチのイギリス式の包丁を手に持ち、混雑した人々の間を縫うように歩き回り、目の前の人を次々と切りつけていた。
すでに多くの人々が切りつけられて倒れ、血を流していた。
助けを求める声や泣き叫ぶ声が、混雑したスーパーマーケット内で次々と響き渡った。
その男は目が血走っているようで、誰かが動くと追いかけて切りつけるため、多くの人々は恐怖で動けず、棚の後ろに隠れて小さく泣くしかなかった。
藤堂澄人は目を鋭く光らせ、妻と息子を後ろに庇い、九条初の目を手で覆って抱きしめながら、傍らの結衣に言った:
「怖がらないで」
九条結衣は一瞬驚いた。たった二言だったが、なぜか彼女の心に強く響いた。
その男は彼らに気付いていなかった。澄人は結衣を守りながら、一歩一歩後退し、出口の方向へ移動しようとした。
彼らの位置から出口までは少し距離があり、逃げ出すにはその男の視界に入らざるを得なかった。
九条結衣は澄人の傍らで、こっそりと携帯を取り出して通報メールを送った。
メールを送信した直後、彼女の携帯が突然鳴り出した。結衣は顔を青ざめさせ、慌てて電話を切った。その男が彼らの方を見ているのに気付いた。
男の顔には人を切りつけた際に飛び散った血が付着しており、その凶悪な表情をさらに恐ろしいものにしていた。
「結衣、怖がらないで。初を抱いていて」
澄人は九条初を結衣に渡し、血の滴る包丁を持った男が突進してくるのを見ると、結衣と初を脇へ押しやり、自ら包丁に向かって突っ込んでいった。
九条結衣は急いで九条初の目を覆い、しっかりと抱きしめながら、その中年男性の視線を避けた。
中年男性は非常に力が強く、人を切るための18インチの包丁を高く掲げ、全力で澄人に向かって振り下ろした。