この時の松本裕司は、自分のボスがこんな文字を打っただけで、手のひらに汗をかいていることなど知る由もなかった。
メッセージを送信した後、自分の返信を見返してみると、少し冷たすぎたように感じた。
慌てて追加で一言——
【今日のことで、申し訳なかった。】
送信した後、彼女の機嫌を損ねるのではないかと心配になり、すぐに取り消した。
太平洋の向こうの九条結衣は「……」
やっと落ち着いて仕事に集中できたと思った矢先、藤堂澄人からのメッセージが届いた。
しかし、開いて文字を確認する前に、彼は既にメッセージを取り消していた。
目尻が思わずピクリと動き、何かを思い出したのか、唇の端が微かに上がり、興味深そうにメッセージを送信した——
【何か人に見られたくないメッセージを取り消したの?】
返信を受け取った藤堂澄人は、表情が曇り、心臓が一瞬ドキリとした。
急に松本裕司の方を振り向いたので、鉄の様な冷徹なボスがメッセージを送る様子を見ていた松本裕司は大きく驚いた。
「あ...あの、何でもありません、社長、私は...」
「結衣は怒っているのか?」
松本裕司は「……」
自分のボスがこんなにも不安そうに悪いことをしてしまったかのような様子を見せるなんて、本当に......
もはや彼をどう表現すればいいのか分からなかった。
「えーと...」
松本裕司は軽く咳払いをして、止まらない口角の痙攣を必死に抑え、真面目な表情で言った:
「社長、これはネットスラングです。奥様は...冗談を言っているんです。」
藤堂澄人の表情が凍りついた。特に松本裕司が必死に笑いを堪えている様子を見て、顔色が一気に冷たくなり、目の中に人を威圧するような警告の色が滲んだ。
「社長、私は仕事に戻ります。何かご用がありましたら、いつでも呼んでください。」
そう言って、急いで横の事務机に移動した。
最近、自分のボスが様々な姿で自由奔放な態度を見せるのを目にしていたが、冷静さを保つべきだと思った。
藤堂澄人の視線は携帯の画面に戻り、九条結衣からのメッセージを見て、思わず口角が上がり、返信した——
【結衣、会いたいよ。待っていて、今の仕事を片付けたらすぐに帰るから。】
九条結衣は藤堂澄人の返信を受け取った時、その真摯な内容を見て、思わず苦笑し、携帯を脇に置いて、もう返信しなかった。