夏川雫は藤堂夫婦が彼女を置き去りにして行ってしまうのを見て、心の中で思わず「クソ野郎」と呟いた。
今、リビングには夏川雫と田中行の二人だけが残されていた。
先ほどまで藤堂澄人夫婦がいた時は、夏川雫のその居心地の悪さはそれほど強くなかったが、今や広々としたリビングには彼女と田中行の二人だけとなり、その不自然な空気が押し寄せてきた。
なぜかわからないが、以前は田中行に対して堂々としていられたのに、今は針のむしろに座っているかのように落ち着かず、すぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
そう思いながら、彼女は九条初の部屋へと向かって立ち上がった。
二、三歩歩いたところで、右手から田中行の皮肉めいた声が聞こえてきた——
「そんなに急いで何処へ行くんだ?俺の顔を見る勇気がないのか?」
夏川雫の足取りが突然止まった。当然、田中行の言葉に込められた皮肉を感じ取っていた。
彼女は顔を上げ、田中行の方を見た。彼は冷たい眼差しで自分を見つめており、唇の端には薄い嘲笑いを浮かべていた。
夏川雫は体の横で手を強く握りしめた。子供を失った時の心を引き裂くような痛みが、この瞬間再び押し寄せてきた。
まるで無数の野獣が容赦なく彼女の心を食い荒らすかのように、全身が震えるほどの痛みだった。
しばらくして、彼女は深く息を吸い込み、血の気のない唇の端を僅かに上げ、反問した:
「田中さんのその言い方は何ですか?私がなぜあなたの顔を見る勇気がないんですか?」
「夏川雫!」
田中行は夏川雫のそのさりげない態度に怒りで顔を黒くした。
彼はソファから立ち上がり、大股で彼女の前まで来ると、先ほどよりさらに冷たい表情を浮かべた。
「お前は心がないわけじゃない、良心が犬に食われたわけでもない。心はあるんだ。ただし、その心は犬さえ食い尽くすほど黒くなっているだけだ!」
彼の冷たい非難の言葉に対し、夏川雫はただ淡々と笑いながら、極めて冷淡な眼差しで田中行を見つめた。
「そうですか。それなら田中さんは私とこんな無駄話をする必要がありますか?私の心が犬を食い尽くすだけでなく、あなたまで食い尽くしてしまうかもしれないのに、怖くないんですか?」