669.田舎育ちの素朴な女優の逆転劇

黒崎芳美は藤堂澄人の実母という立場を盾に、藤堂澄人を非難する時は正々堂々としていたものの、藤堂澄人のそのような眼差しに怯んでしまった。

特に藤堂澄人が六歳の時のことに触れた時は……

黒崎芳美の心臓が震え、目の奥に不自然な色が浮かんだ。

藤堂澄人は彼女とこれ以上話す気はなく、九条結衣の手を引いて立ち去ろうとしたが、船室から出てきた別の女性とぶつかってしまった。

その女性は黒崎芳美を探しに来たようで、彼女が藤堂澄人の前に立っているのを見て、急いで近寄ってきた。「お母さん、どうしてここにいるの?」

その女性が黒崎芳美を「お母さん」と呼ぶのを聞いて、九条結衣は少し驚いた。

その女性は九条結衣にとって見知らぬ人ではなかった。今エンターテインメント界で大ブレイク中の女優、高橋夕だった。先日、主演を務めた映画で主演女優賞を獲得したばかりだった。

彼女のことを覚えていたのは、最近その映画を見たからで、主人公の人物像が見事に描かれていたため、主演女優のことも自然と気になっていた。

とても美しく、端正な顔立ちで、その役柄にぴったりだった。

最近、ネット上ではその映画とこの女優について盛んに議論されていた。

ルックスだけで売れることができたのに、演技力まで素晴らしいと称賛されていた。

この評価は決して大げさではなく、高橋夕の演技力は確かに素晴らしく、容姿も優れていた。

しかし、ネット上での彼女の設定は一般の農村出身で、自身の努力だけで主演女優賞の座まで上り詰めたというものだった。

だが黒崎芳美を「お母さん」と呼んでいることから、おそらく音楽家の高橋洵の娘なのだろう。

この身分は決して一般の農村出身とは言えないものだった。

現在の彼女の仕事がどれだけ高橋洵と関係があるのかは悪意を持って推測したくないが、なぜわざわざ農村出身という設定を使う必要があったのだろうか?

疑いを避けるためだろうか?

高橋夕は九条結衣より一つ年上で、つまり藤堂瞳より三歳年上ということになる。これは黒崎芳美が藤堂家を出た後に高橋洵と結婚して生まれた娘ではありえない。

高橋洵が黒崎芳美と結婚する前には何年も前に亡くなった妻がいたので、高橋夕は高橋洵と亡き妻との間の子供ということになる。