九条結衣の足取りは、思わず止まり、不安そうに藤堂澄人の側へと歩み寄った。
「澄人……」
「行こう」
藤堂澄人は結衣の言葉を聞く気はなく、彼女の手を引いて屋敷を後にした。
別荘に戻る道中、藤堂澄人は終始無言で冷たい表情を崩さず、結衣は彼が怒っているのを明確に感じ取った。抑えきれない怒りが周囲に漂い、結衣には無視できないものだった。
彼は何に怒っているのだろう?
結衣にはよく分からなかった。
黒崎芳美をあんな残酷な方法で処置したからだろうか?
それはありえないと思った。今夜の黒崎芳美の所業なら、殺したとしても藤堂澄人は何も言わないはずだ。
では一体何に怒っているのだろう?
結衣には分からず、別荘に着くまでずっと黙っていた。藤堂澄人は最後まで一言も発しなかった。結衣はついに我慢できなくなり、尋ねた:
「怒ってるの?」
藤堂澄人の足取りが一瞬止まり、振り返って冷たい目で彼女を一瞥すると、結衣の手を離し、無言で寝室へと向かった。
結衣:「……」
一方、夏川雫の方では。
黒崎芳美が連れて行かれた後、田中行と夏川雫もパーティーを後にした。
先ほどの出来事を思い出し、夏川雫は眉をひそめて言った:「なぜ黒崎って女を解放させたの?」
彼女はこの世にこんなにもひどい人間がいるのを初めて見た。
子供たちを放置して、他人の男の娘を育てるなんて、それは彼女の勝手だと理解することはできる。他人が口を出せる問題ではない。
でも、息子を何年も捨てておいて、継娘のために、こんな卑劣な方法で息子と息子の嫁を陥れようとするなんて、どういう了見なのか。
藤堂澄人と結衣はもちろん、彼女のような部外者でさえ、黒崎芳美のような下劣な女を打ちのめしてやりたくなる。
あのとき、給仕が別荘に結衣を訪ねて、黒崎芳美親子が薬を盛るよう買収したことを話したとき、彼女は驚愕した。
黒崎芳美のような老いぼれは人間の資格なんてない、畜生以下だ。
結衣がその時、計略に乗って黙っているように言ったので、彼女も同意した。
あんな下劣な女を、自業自得に追い込まないなんて我慢できなかった。
その後、彼女と結衣のあの会話があったが、それは柱の陰で盗み聞きしていた高橋夕に聞かせるためだった。