しかし、藤堂瞳はこのまま引き下がるわけにはいかなかった。特に九条結衣にこのように面子を潰されたうえ、さらに周りの下賤な人々に笑われるなんて、耐えられるはずがなかった。
「離して、植田涼、離してよ!」
植田涼は離すどころか、さらに力を込めた。
藤堂瞳は怒りで顔を青ざめさせ、必死に植田涼の手から逃れようと暴れながら、口からは聞くに堪えない言葉を次々と吐き出した。
そんな言葉は、藤堂家のような名家の娘から出るべきものではなかった。
植田涼は眉間にしわを寄せ、表情は一層冷たくなった。ついに足を止め、暗い眼差しで彼女を見つめた。
藤堂瞳は植田涼が突然手を放すとは思わず、一瞬呆然とした後、植田涼を見上げた。彼が眉間をさすりながら、かすれた声で言った。
「瞳、離婚しよう。」
藤堂瞳も、散り始めていた周囲の野次馬たちも、植田涼のこの言葉を聞いて、驚きの表情を浮かべた。
九条結衣も植田涼の言葉に驚いた。離婚を切り出すことに問題はないと思っていたものの、植田涼が本当に言い出すとは予想していなかった。
植田涼を離婚まで追い込むとは、藤堂瞳の戦闘力も相当なものだ。
九条結衣は心の中でため息をついた。今は余計な口出しはできない。さもないと、藤堂瞳の思考回路では、必ず自分に話が及んでしまうだろう。
「藤堂瞳って完全に実母譲りなの?この戦闘力はすごいわね。植田涼まで離婚を切り出すなんて。」
もはや藤堂瞳に呆れて言葉も出なかった夏川雫は、それでも九条結衣の耳元で声を潜めて皮肉を言った。
彼女は植田涼と接点はなかったが、以前結衣が藤堂瞳の話をした時に植田涼のことも何度か出てきて、とても良い印象を持っていた。
さらに、先ほどの藤堂瞳の理不尽な振る舞いに対しても、植田涼は過度な言葉を発することもなく、藤堂瞳への寛容さが十分に伺えた。
それでも離婚を切り出すまでに追い込まれるとは、藤堂瞳という人物は...まさに言葉にならない。
パシッ——
夏川雫が九条結衣に小声で皮肉を言い終わった直後、全力で振り下ろされた平手の音が響き渡り、周囲の人々は息を呑んだ。
「植田涼、あなたまさか九条結衣のような狐女のために私と離婚するつもり!?」
九条結衣:「……」
夏川雫:「……」
野次馬たち:「……」