813.うちの奥様は気が短い

彼女が話し終わって長いため息をついたのを見て、おそらくストレス発散が済んだのだろう。そこで先ほど写真やビデオを撮っていた人々に視線を向け、その目には強い警告の色が浮かんでいた。

「私の奥様は気が短いもので、先ほど皆様が撮影された動画がネット上に出回ることは望みません」

彼の話し方は穏やかに聞こえたが、その深い瞳の奥に浮かぶ断固とした表情から、藤堂澄人が相談しているのではなく、暗に警告していることが分かった。

彼らは自然と、あの日誰かが藤堂奥様の暴行動画をネットに投稿した事件を思い出した。すぐに藤堂澄人によってその人物の先祖代々までが調べ上げられ、最後には藤堂グループの弁護士が訪れ、今でもその人がどうなったのか分からない。

そう考えると、彼らは思わず背筋が冷たくなり、自分たちは動画を撮っただけで、ツイッターに投稿して注目を集めようとしなかったことに安堵した。

後ろ髪を引かれる思いで胸をなでおろし、雫と動画を削除した。

藤堂澄人はそう言い終えると視線を戻し、横で気分よさそうな奥様を見て笑いながら言った。「気分は良くなった?」

「ずっと良くなったわ。行きましょう」

こうして、高橋夕は九条結衣に容赦なく皮肉と説教を浴びせられ、藤堂澄人が後始末をするのを目の当たりにし、謝罪の一言もないまま立ち去っていくのを見送ることになった。

自分と比べると、一本の動画さえ止められず、今頃ネット上でどれほど叩かれているかなど気にする余裕もなかった。ただあの男の背の高い凛々しい後ろ姿を見つめながら、胸が苦しくなった。

もしあの男が自分のものだったら、九条結衣のように、したいことを何でもできて、わがままで自分勝手に振る舞えるのに。どんなことをしても、あの男が一言言えば誰も文句を言えず、自分が起こした面倒事も全て彼が進んで解決してくれるのに。

でも残念ながら、藤堂澄人は自分のものではない!

そうであればあるほど、高橋夕の藤堂澄人を手に入れたいという思いは一層強くなっていった。

「高橋夕は大音楽家高橋洵の娘」というニュースは、あっという間にツイッターのトレンド1位になった。

高橋洵の娘として、高橋夕がキャラ設定を偽ってファンや大衆を欺いた悪行は、瞬く間に袋叩きにあい、高橋洵まで一緒に酷評されることとなった。