九条結衣は彼が黙っているのを見て、明るく笑いながら彼の胸に飛び込んで、なだめるように言った。「もういいの。石川教授のいいところは、私が口で褒めるだけで十分よ。それを心に留めておけるかどうかは、ママの問題だわ。私はあなたを心に留めておけばいいの」
九条結衣のこの甘い言葉は、確かに藤堂澄人の機嫌を取ることに成功した。彼の沈んでいた表情が、瞬く間に晴れやかになっていくのが見えた。
妻が彼の誕生日を覚えていなかったことさえ、もう全く気にならなくなっていた。
宴会は一時間後に終わり、客たちも次々と別れを告げて帰っていった。
九条爺さんも九条愛に支えられながら出ていった。
「九条、今夜はここに泊まっていけば、明日帰ってもいいじゃないか」
小林お爺さんが引き止めるように言った。
この二人は若い頃の戦友で、その後、小林お爺さんは除隊して大学で学び、卒業後は教師になった。一方、九条爺さんは軍隊に残り、一歩一歩現在の地位まで上り詰めた。
二人はそれぞれの分野にいながらも、深い絆を保ち続け、後に両家は親戚関係にまでなった。
九条爺さんは九条政の恥知らずな行為のせいで、ずっと小林の両親と小林静香に申し訳なく思っていた。
彼らは責めないと言ってくれているが、自分としては顔向けできないと感じていた。
特に、あの不届き者が今日、あんな場違いな女を元義父の誕生日会に連れてきて、こんな大きな醜態を晒したのは、明らかに人を困らせようとする魂胆だった。
九条爺さんにはもはや留まる面目もなく、胸に怒りを溜め込んだまま、すぐにでも帰って九条政の足を折ってやりたい気持ちだった。
胸の怒りを抑えながら、小林お爺さんの好意を丁重に断り、出る時に、九条政と木村富子という愛人に出くわした。
木村富子は九条爺さんの力を知ってからは、軽々しく彼を刺激することはなくなり、彼の視線が向けられただけで、怖がって九条政の後ろに隠れた。
九条政も今日は自分がどうしたのか分からなかった。小林静香を見てから、なんとなく気分が悪く、特に石川誠が彼女の傍で細やかに気遣う様子を見ると、理由もなく腹が立った。
これは元妻の幸せを見たくないということなのか?
まさにそのような気分の悪さのせいで、今日大恥をかかせた木村富子が今も子供のように彼の後ろに隠れているのを見て、胸に苛立ちが湧いてきた。