884.山田花江

「山田叔母さん」

「お疲れでしょう。私はもう使用人にあなたの好きな料理を用意させましたから、食べ終わったらゆっくり休んでください。何かあっても、十分休んでからにしましょう」

「はい、ありがとうございます、山田叔母さん」

藤堂澄人が山田叔母さんと呼ぶ山田花江は、ハーバード大学の心理学教授で、澄人の父親である藤堂仁の大学の同窓生だった。仁より数学年下だった。

当時、藤堂仁が事故に遭い、藤堂グループは混乱に陥った。藤堂お婆様が支えていたとはいえ、その間に山田花江の助けがなければ、藤堂お婆様も藤堂澄人が引き継ぐまで藤堂グループを維持することは難しかったかもしれない。

藤堂澄人が六歳の時、黒崎芳美が藤堂家を去り、お婆様は藤堂グループの経営と澄人と藤堂瞳の世話の両方をしなければならず、体力的に限界だった。