920.彼の眼差しが怖い

彼は再び希望を持たずに慰め始めた。

大好きな奥様のことさえ覚えていないのに、どうして彼のような小さな秘書のことを覚えているはずがあろうか。

しかし、考え直してみれば、木村靖子のような変わり者でさえ社長に覚えられているのだから、何が不可能だろうか。

おそらく社長は選択的な記憶喪失で、木村靖子のことを覚えているのは単なる偶然なのだろう。

松本裕司と九条結衣が病室に入ったとき、藤堂澄人はまだベッドに座っており、表情には戸惑いの色が浮かんでいた。

記憶を完全に失った人にとって、この世界は全く安心感を与えてくれないものだった。

頭の中にぼんやりとした断片があったとしても、それらは曖昧で、何の安心感も与えてくれなかった。

松本裕司と九条結衣が入ってくるのを見て、彼は警戒心を露わにして彼らを見つめ、その目には見知らぬ者を見る冷たさだけがあった。

松本裕司はそんな藤堂澄人の姿を見て、胸が痛んだ。

社長の側で働き始めてから七年、初めて社長からこのような警戒心と見知らぬ者を見る目で見られた。

明らかに、社長は彼のことを覚えていなかった。

木村靖子が社長に覚えられているのは、彼女があまりにも印象的な変わり者だったからだろうか。

「社長、私は松本裕司です。」

彼の声は、少しかすれていた。

藤堂澄人は彼を見ることなく、九条結衣の顔を数秒間見つめた後、「君は俺の妻か?」と尋ねた。

九条結衣はその言葉を聞いて、目に喜びの色が浮かび、藤堂澄人の顔を見つめたが、彼の目には相変わらず見知らぬ者を見る冷たさと、彼女の心を震わせる氷のような冷たさが宿っていた。

九条結衣は一瞬戸惑い、目の錯覚かと思って、強く瞬きをして再び見つめたが、藤堂澄人の目の中の冷たさは消えていなかった。

九条結衣の心は急に沈み、藤堂澄人を数秒間黙って見つめた後、やっと小さな声で答えた:

「はい。私はあなたの妻です。私たちには息子がいて、今お腹にもう一人います。」

彼女は藤堂澄人の顔を見続け、彼の視線が彼女の言葉を聞いた時、徐々に彼女の少し膨らみ始めた腹部に移るのを見た。その目の中の冷たさは、さらに深まっていった。

そのような眼差しを、九条結衣ははっきりと見て取り、心の奥が激しく震えた。

澄人はなぜ彼女のお腹をそんな目で見るのだろう?