918. 記憶を失っても心に刻まれている

藤堂澄人「……」

彼はまだ木村靖子がどんな顔をしているのか知らなかったが、半分意識がある状態で、この名前が彼の脳裏をずっと漂っていた。

だから、目を開けて目の前の女性を見たとき、無意識のうちに彼女が木村靖子だと思ってしまった。

でも彼女が木村靖子でないなら、誰なのだろう？

九条結衣は藤堂澄人の見知らぬ眼差しを見て、目の奥に少し痛みを感じながら、眉を伏せて言った。「あなたはまず休んでください。私はおばあちゃんに電話をしてきます。」

おばあちゃん？

藤堂澄人は眉をひそめ、この呼び方にも少し違和感を覚えた。

この女性の言うおばあちゃんは誰なのか？

彼女のおばあちゃんなのか、それとも自分のおばあちゃんなのか？

あるいは、「私の」とも「あなたの」とも言わず、ただ「おばあちゃん」と言ったということは、二人共通のおばあちゃんなのだろうか？

ということは、この女性は彼の...妻？

藤堂澄人の心は「妻」という言葉に突然締め付けられ、説明のつかない痛みと怒りが染み込んできた。

怒り？

なぜ「妻」という言葉に触れただけで、怒りの感情が湧いてくるのだろう？

九条結衣が出て行くと、松本裕司も外で待っていて、九条結衣が出てくるのを見るとすぐに近寄って、「奥様」と声をかけた。

「澄人の担当医は？」

「すでに約束を取り付けました。10分後に彼のオフィスで会う予定です。」

「はい。」

心の中の不安を押し殺しながら、九条結衣は眉をひそめ、うなずいた。

10分後、九条結衣は松本裕司と共に、藤堂澄人の治療を担当している日本人医師のオフィスに現れた。

九条結衣が彼の状況を説明し終えると、医師は目を伏せ、しばらく考えてから口を開いた：

「藤堂社長のような大きな事故に遭われた場合、脳に損傷が生じるのは医療の観点からすると当然のことです。現在の状況から見ると、藤堂澄人さん自身の身体には特に問題はありません。あなたや他の誰かを覚えていないのは、おそらく記憶に一時的な混乱や欠落が生じているためで、しばらくすれば回復する可能性があります。」

「可能性があるということは？」

九条結衣はこの答えにあまり満足していない様子で、「つまり、一生思い出せない可能性もあるということですか？」

医師は唇を噛み、躊躇いながらうなずいた。「その可能性もあります。」