1030.君に怒るべきではなかった

彼女はこのやり方が藤堂澄人を困らせることを知っていた。彼が今日怒っていることも理解できた。

しかし、藤堂澄人は今記憶を失っており、それ自体が不確定要素だった。もし早く黒幕を見つけ出さなければ、今後さらなる危険に遭遇するかもしれない。

今日自分が藤堂澄人にあんな態度をとったことを思い返すと、たとえ他人に見せるための演技だったとしても、彼を傷つけてしまったことは分かっていた。

考えた末、彼女は藤堂澄人にLINEを送ることにした。

「ごめんなさい、旦那様」

それ以上の言葉は何を言えばいいのか分からなかった。

送信してから10分ほど待ったが、藤堂澄人からの返信はなく、胸が詰まる思いだった。

スマホを脇に置き、布団をかぶって寝ようとしたとき、窓の方から物音がした。

急に振り向くと、窓から飛び込んできた人影が逆光の中から彼女に向かって歩いてきた。

見慣れた眉目が、暗がりから少しずつ浮かび上がってきた。

数分前まで胸に詰まっていた悔しさが、一気に心に押し寄せてきた。

彼女の目に、突然涙が浮かんだ。

これまで自分は簡単に泣いたりしない人間だと思っていた。藤堂澄人が事故に遭った時でさえ、人前では涙を見せなかった。

自分は鉄の意志を持った強い人間だと思っていた。

でも藤堂澄人の前では、結局自分も一人の女性に過ぎなかった。

傷ついて悲しい時には、慰めを必要とする一人の女性に。

藤堂澄人がLINEに返信してくれなかった時の、胸が詰まるような悔しさは、彼が目の前に立った瞬間に爆発した。

目に涙を浮かべながら、彼女は藤堂澄人を見つめ、長い間、やっと詰まった喉から、かすかな声を絞り出した。

「ごめんなさい」

「ごめん」

二人はほぼ同時に謝罪の言葉を口にした。

九条結衣は藤堂澄人を見て、一瞬呆然とした。

次の瞬間、藤堂澄人は彼女の側に来て、彼女を抱きしめていた。

「ごめん、君に怒るべきじゃなかった」

彼は申し訳なさそうな表情で、彼女の額にキスをし、自責の念はさらに強くなった。

彼女が祖父の事故で心を痛めていることも、彼女が彼に冷たい態度を取ったのは他人に見せるための演技だったことも分かっていたのに。

それなのに彼女からの謝罪のメッセージを受け取っても、無視して半日以上も返信しなかった。