105 父も君のことを知らない

明らかに大澤依乃もそう思っていた。神崎卓礼のその冷たい表情は、自分に向けられたものではないはずだと。

「神崎兄!」大澤依乃は笑顔を浮かべ、甘えた声で呼びかけながら近づいていった。

神崎卓礼は冷たい表情のまま歩いてきた。大澤依乃は神崎卓礼が自分に応えてくれたと思い、より得意げになり、手を伸ばして神崎卓礼の腕に絡もうとした。

しかし、神崎卓礼は立ち止まることなく、そのまま道乃漫の側まで歩いていってしまった。大澤依乃は空振りをくらい、手が宙に浮いたまま、とても気まずい状況になった。

葉月香音は呆然とした。

どういうことだ?

大澤依乃は神崎卓礼と知り合いのはずじゃないのか?

神崎兄と呼び続けているところを見ると、ただの関係じゃないはずなのに!

なのに神崎卓礼は彼女を無視している?