「あっ、井上雨子、どこに行くの?」井上雨子が風のように走り出すのを見て、クラスメートは引き止めようとしたが止められなかった。「まさか、橋本奈奈が一位を取ったから、井上雨子がショックで精神的におかしくなったんじゃない?」
「田中先生」田中先生の研究室に走り込むと、案の定、橋本奈奈もいた。井上雨子は突然目に涙を浮かべ、田中先生の前で泣き出した。
「どうしたんだ?」田中先生は驚いた。何事もなかったのに、なぜ突然泣き出したのか。「何かあったなら、まず入って話そう」
「田中先生、橋本奈奈が私を冤罪に陥れようとしています」井上雨子は涙を拭いながら、すすり泣きながら言った。その姿は本当に可哀想そうだった。
橋本奈奈は冷ややかに井上雨子を一瞥し、何も言わなかった。
若いから、やはり我慢できないのだ。
「橋本奈奈が冤罪に陥れた?」田中先生は不思議そうに井上雨子を見た。「橋本奈奈がどう冤罪に陥れたというんだ?何を?」
井上雨子は田中先生の言葉の裏にある問題に気付かず、橋本奈奈が既に自分の悪口を言いつけ、田中先生が橋本奈奈の言葉を深く信じていると思い込んでいた。そのため、井上雨子の解釈では、田中先生のこの言葉は反語であって、疑問文ではなかった。
普段から田中先生が橋本奈奈をどれほど可愛がり、どれほど良くしているか、井上雨子はよく見ていた。
作文コンテストの内定枠まで、田中先生は橋本奈奈に与え、橋本奈奈の言葉を、田中先生が信じないはずがない。
「田中先生、私は本当に冤罪です。あのペンは私が壊したんじゃありません。橋本奈奈は自分のペンが壊れたからって、適当に人を冤罪に陥れて、私のせいにするなんて」証拠がない限り、この件は絶対に認めない。ただ田中先生の前で泣くだけだ。
「私は気が短いのは分かっています。橋本奈奈は私のことが好きじゃないけど、でも同じクラスメートなのに、こんなにいじめるなんて。田中先生、私を信じてください。私は、私は本当にやっていません」
井上雨子がますます悲しそうに泣く様子を見て、なぜか橋本奈奈は突然井上雨子の姿に橋本絵里子の影を見た。
前世で、橋本絵里子はお金がなくなると、母親にこうやって泣いて訴えていた。
橋本絵里子が田中勇の子供を妊娠した時も、母親に殴られ罵られ、退学を強要される中、こうやって隅で黙って泣いていたようだ。