若い男の名前を聞いて、橋本奈奈はカバンを握る手に力が入り、カバンの中まで食い込んでしまった。
そう、目の前で橋本奈奈を助けてくれたこの若い男は、他でもない、前世で橋本奈奈と結婚の約束までしていたのに、結婚直前に橋本絵里子と不倫をし、橋本絵里子を妊娠させた大クズ男の田中勇だった。
田中勇の裏切りを思い出し、橋本奈奈は歯を食いしばった。
当時二人が付き合い始めたのは、田中勇が先に橋本奈奈を追いかけてきたからだった。橋本奈奈は田中勇の家庭環境が良いことを知っており、二つの家庭は釣り合わないと思い、結果が出ないと考えて、田中勇を何度も断っていた。
しかし田中勇は一度も諦めることなく、何度も行動で橋本奈奈に伝え続けた。彼は絶対に諦めない、必ず頑張り続ける、橋本奈奈のことを大切にすると。最後に、橋本奈奈は田中勇の態度に心を動かされ、やっと承諾したのだった。
前世では、命が尽きるまで、橋本奈奈は田中勇とだけ付き合い、田中勇一人しか好きになったことがなかった。しかし最後は傷だらけになり、心に深い傷を負い、暗い幕引きとなってしまった。
だから橋本奈奈はよく分かっていた。前世で四十歳になっても結婚しなかったのは、母親が彼女の給料を手放したくなくて結婚させなかったことの他に、田中勇のせいでもあった。結婚恐怖症になり、田中勇のようなクズ男に出会うことを恐れていたのだ。
「どうしたの?」橋本奈奈の体が震えているのを見て、田中勇は先ほどの出来事に驚いているのだと思い込んだ。「よかったら、学校まで送ろうか?」
「結構です!」橋本奈奈は反射的に断り、それから答えた。「大丈夫です。あなたは泥棒を警察署に連れて行ってください。今日は、ありがとうございました。さようなら。」
橋本奈奈は田中勇に対して誠実にお辞儀をし、感謝の意を表した。「ありがとう」と言い終わると、橋本奈奈は田中勇の反応を待たずに、カバンを抱えて平泉高校へと走り出した。先ほど泥棒を追いかけた時よりも速く、まるで後ろに幽霊に追われているかのようだった。
「変わった女の子だな」田中勇は面白そうに笑った。彼はたくさんの女の子を見てきたが、こんなふうに彼を無視する子は初めてだった。
おそらく女の子に積極的に追いかけられすぎて飽きていたのだろう、田中勇は橋本奈奈のようなタイプの女の子が特別だと感じた。「さあ、行くぞ」