「司令官夫人は私たちの家にいるのに、斎藤司令官はご存知ないのですか?」橋本東祐は声を低くして、不思議そうに尋ねた。
一日中働いて、橋本東祐も疲れていた。
様変わりした橋本の中庭に戻った橋本東祐は、特に感慨に浸ることもなく、片付けをして、洗って寝た。
夜中に、橋本東祐はぼんやりと車が出入りする音を聞いたが、気にしなかった。今朝起きてきて初めて、斎藤司令官が野村涼子を探し回っているという噂を耳にした。その時、橋本東祐は呆気にとられた。司令官夫人は彼の家にいるのに、どうして探す必要があるのか?
理解できない橋本東祐は何も言わず、まず家に電話をかけて、橋本奈奈の様子を尋ねた。
「あら、斎藤司令官がお帰りになったの?」橋本奈奈は受話器を手で覆いながら尋ねた。野村おばさんの昨日の話では、今回は一人で帰ってきたとのこと。一人で帰ってきたからこそ、斎藤家に戻りたくなかったのだ。帰っても彼女一人だけだから。