岸許家旧邸
秋月策人は犬のように江口晗奈の側にへばりついて「姉さん、あの株式譲渡契約書、サインしましたか?」
「あなたに関係ある?」
「富貴を得たら、忘れないでくださいよ!弟のことも引き立ててくださいね」
江口晗奈は仕方なく「堂々たる秋月家が、私の引き立てなど必要ないでしょう」
「この世で、金儲け以上に人を喜ばせるものがありますか?人は裏切るかもしれませんが、お金は裏切りません」
この言葉に、近くにいた賀川礼と樱庭司真が揃って"優しい"眼差しを向けた。
秋月策人はすぐに話を変えて「でも例外もありますよ。一途な人もたくさんいます。賀川さんと義兄さんみたいに...義兄さんは若いけど、人思いですからね」
江口晗奈は笑い出した。
彼は義兄さんと呼ぶのが随分お気に入りのようだ。
その時、彼女の携帯が振動した。親友からだった。
「...晗奈、ひどいじゃない。あなたちの子犬が今日プロポーズしに来たって?」
「どこで聞いたの?」
「都内全域が知ってるわよ。今夜、集まらない?」
「いいわ」
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江口晗奈は最近、祖母と母に束縛されて、ほとんど家にいたので、体がカビ生えそうだった。友達に会うという口実で、外に出て息抜きをすることにした。
樱庭司真は学校に用事があり、目的地まで送った後、彼女の友人たちに彼女のことを頼んでから離れた。
「お酒は飲まないで。何かあったら必ず電話してね」樱庭司真は何度も念を押してから、やっと去っていった。
江口晗奈の妊娠のことを知っている人は少なかった。
女友達がお酒を勧めてきたが、彼女は最近体調が悪く、セファゾリンを飲んでいるから飲めないと言った。
「子犬との結婚が決まったの?いつ結婚するの?」誰かが尋ねた。
「結婚式の時は知らせるわ」
「本当に決めちゃったの?」
江口晗奈は以前、結婚反対派だったのに、わずか数ヶ月で結婚することになり、みんな突然だと感じていた。
「今の私たち、結婚してても、してなくても変わらないわ」
もう同棲しているし、あとは婚姻届を出すだけだった。
「それもそうね。おめでとう」
江口晗奈は今の体質で個室に長く居すぎると胸が苦しくなりやすく、トイレに行くという口実で外に出て息抜きをした。