「パチン」という音と共に、時枝秋は手際よく花を切った。
満開の三輪の白いヤオランが、ふわりと枝から落ちた。
花が地面に落ちそうになったとき、時枝秋は素早く三輪のヤオランを受け止めた。
「何をするんだ!」小林凌は驚きのあまり、時枝秋の意図が理解できなかった。
彼女は花をしっかりと握りしめ、困惑する小林凌に向かって言った。「私の花は、私が好きな男性に直接渡すと言ったはずよ。ごめんなさい、その人は、あなたじゃないの」
そう言い終えると、片手に花瓶を抱え、もう片手で三輪のヤオランを握りしめたまま、背を向けて立ち去った。
その場にいた全員が唖然とした。
まさか小林凌に贈るものではなかったとは?
それどころか、彼女はハサミで切り落としてしまったのか?
三億二百万円だぞ!
それを彼女は一刀両断にしてしまったのか?
切り取られた蘭の花はもう価値がないというのに!
小林凌の表情は険しく、ズボンの横で両手を強く握りしめ、必死に感情を抑えていた。
時枝秋が三輪の花を切り落としたことは、彼に三発の平手打ちを食らわせるよりも面目を失わせることだった。
照明、小道具、メディア関係者まで全て準備が整っていたのに、時枝秋は彼にこんな仕打ちを?
彼女は一体何を考えているのか?
なぜこんなことをしたのか?
横澤蕾は記者たちを制止し、小林凌を守りながら立ち去った。「もう撮影はやめてください!やめてください!」
こうなるなら、最初からアシスタントにこの花を落札させるべきだった!
時枝雪穂は記者たちの前で小林凌を慰めることもできず、ただ小林凌と横澤蕾が去っていくのを見つめるしかなかった。
去り際、横澤蕾は木村雨音を鋭い目つきで睨みつけた。もし木村雨音が急遽来てあれが時枝秋だと教えなければ、こんな失態は起こさなかったはずだ。
木村雨音は今回彼らを深く怒らせてしまったことを知っていた。彼女も不安と疑念に駆られていた。時枝秋は本当に性格が変わって、藤原修を好きになったのだろうか?
いや、違う。もし本当にヤオランを藤原修に贈るつもりなら、なぜパチンと全部切り落としてしまうだろう?
時枝秋はオークション会場を出る際、わざと別の通路を選んで、藤原修と正面から出くわすことを避けた。