彼女がここまで来られたことは、すでに自分の心理的な予想を超えていたので、表情はとても穏やかだった。
時枝秋に向かって微笑んだ。時枝秋がいなければ、彼女は永遠に心理的な障壁を乗り越えられず、舞台に立つことはできなかっただろう。
時枝秋は裏で、何度も何度も彼女と一緒に歌詞や曲を修正し、練習に付き合い、少しずつ心の恐れを克服するのを手伝ってくれた。
彼女はここまで来られるとは思ってもみなかった。
それは単に名誉を得たからだけではなく、より重要なのは、今では何の障害もなく舞台に立ち、観客に向き合い、自分の心にも向き合えるようになったことだ。
「よし、抽選も終わったことだし、みんな頑張って準備しましょう」安藤誠は言い、励ますように文岩薫里を見た。
文岩薫里は励まされ、笑顔を見せたが、実際には少し緊張も感じていた。
残りの六人の選手は、実力が強いか、注目度が高いかのどちらかだ。彼女はより良いパフォーマンスで対抗しなければならない。
堀口楓は落ち着いた表情の時枝秋を見て、やはり時枝秋のような態度がいいと思った。
外では時枝秋についてよくあれこれと噂が飛び交っているが、彼女が見てきた時枝秋は、そういったことに気を取られることなく、むしろ好きなことに全力を注いでいた。
時枝秋は彼女の手本となり、この是非の渦巻く業界で、雑念に惑わされることなく自分の理想を追求することの大切さを教えてくれた。
……
試合はまだ始まっていなかったので、時枝秋はこの時間を利用して藤原千華を見舞いに行った。
白衣を着て赤司錦の姿に扮し、病室の入り口まで来ると、藤原千華が秦野伸年に話しかけているのが聞こえた。「私は時枝秋には会いたくないわ。藤原修に言って、時枝秋を連れてこないようにしてちょうだい!」
秦野伸年は低く笑って言った。「自分で言えばいいじゃないか?」
結局は藤原修を恐れているから、誰も言い出せないんじゃないの?
藤原千華は軽く笑って照れ隠しをした。「とにかく会いたくないの。あなたが私にくれた結婚祝いの品も、彼女が壊したのよ。彼女を見ると、胸が苦しくなって息ができなくなるわ!」
秦野伸年は慰めの言葉を掛け、時枝秋が現れないことを約束すると、藤原千華はぱちんと音を立てて彼にキスをした。
時枝秋は身につけた白衣に触れ、ため息をついた。今日は素顔で現れなくて良かった。