以前彼は時枝秋のことを気にかけていなかったので、当然彼女が毎日何をしているのかわからなかった。
この期間、彼は時枝秋が歌詞を推敲し、メロディーを試し歌いする様子を目の当たりにし、一つ一つの歌詞とメロディーが時枝秋のペンから生まれる様子を見て、心の中の感動は言葉では言い表せないほどで、特別な満足感を覚えた。
時枝秋は作詞作業に疲れ、手を伸ばして水を飲もうとした。
手を伸ばした瞬間、木村裕貴がコップを差し出した。
「ありがとう」と時枝秋は頷きながら言った。
木村裕貴は満足げに、彼女が飲み終わるのを待って、すぐにお湯を注ぎ足してコップを満たした。
実は、これらの仕事は完全にアシスタントやスタッフにやらせることができた。
しかし、今の彼にとってこれらの行動は、まるで本能のように自然なものとなっていた。
お湯を注いでいる時、木村裕貴は誰かが話しているのを耳にした。「知ってる?重岡社長が来てて、出場者と契約しようとしてるんだって」
「でも、多くの出場者は既に所属事務所があるんじゃない?」
「重岡社長が契約したい人がいれば、無数の方法を使えるでしょう。以前も何人かの出場者は所属事務所があったけど、結局重岡社長の采配でダイヤモンドミュージックに移籍したじゃない」
「そうだね。十分な金額を出せれば、出場者も事務所も手放すでしょ?」
「そう、それに、ローズちゃんはまだ所属事務所がないでしょう?今回重岡社長が来たのは、主にローズちゃんのためじゃない?」
「上位3人全員と契約することだって、ありえないことじゃないよね」
木村裕貴はコップを持って、ゆっくりと外に出ると、重岡尚樹が確かに現場にいるのを見た。
この数回の競技会で、重岡尚樹はまるで暇人のように番組に常駐していた。
まるで、あの経済誌で取り上げられた新進テクノロジー界の新星で多忙な人物が彼ではないかのように。
木村裕貴は別にコーヒーを一杯注文し、近づいて行って笑顔で言った。「重岡社長」
重岡尚樹はコーヒーを受け取り、軽く一口飲んで「美味しいですね、ありがとう」と言った。
「石ちゃんが今回の競技会に参加できたのは、重岡社長と重岡お爺さんが企画した素晴らしい番組のおかげです」と木村裕貴は笑顔で言った。「石ちゃんはもうすぐ正式にデビューします。私からも重岡社長にお礼を言わせていただきたいです」