しかし、彼女は時枝秋を連れ戻すこともできず、胸の中で怒りが燻っていた。
文岩薫里は、時枝秋と藤原修が遠ざかっていくのを、ただ見つめることしかできなかった。
深夜、藤原修はまだ妻が映画に誘ってくれた喜びに浸っていた。パジャマ姿で起き上がり、時枝秋を起こさないように気を付けた。
書斎に向かい、デスクに座ると、今夜の一つ一つの出来事を思い出すたびに、眉目に宿る優しさが、顔の厳しさを全て押しやった。
窓の外では、月の光までもが柔らかくなったようだった。
翌日、時枝秋が学校に着くと、映画のチケットを手に週末を待ち望む人たちがいた。「あー、週末はまだかなぁ!早く映画見たい!すっごく面白いって聞いたんだよね。」
時枝秋は『私の人生を歌う』という言葉を聞いて、少し眉を動かしただけで、手元の問題を解き続けた。