「急用があって出て行ったみたいです」と龍崎雄は言った。「でも何の用事かは言っていませんでした」
「じゃあ、見てきます」
「ええ、どうせ発表会ももう終わりですから。時枝秋を見つけたら教えてください」
尾張靖浩は続いてステージを降りた。
時枝秋はドレス姿で、ゆっくりと歩いていたので、尾張靖浩はすぐに追いついた。
「時枝秋!」尾張靖浩は足早に彼女に追いついた。「どうしたの?何かあったの?」
「何でもないわ」時枝秋は父親を心配させたくなかった。「ただ、大勢の人がいる場所にいたくなくなっただけ」
「確かに息苦しいよね」尾張靖浩も認めた。今の発表会の雰囲気は、以前とは違っていた。
時枝秋は藤原修に電話をかけたが、応答がなかった。
尾張靖浩も彼女の不安を察した。「藤原修と何かあったの?」
「何でもないわ。さっき約束したの。ステージに少しだけ上がって、すぐに一緒に帰るって。家庭とキャリアの間で、バランスを取らないといけないから」
「男は何も問題ないはずだ。駐車場にいるんじゃないかな。一緒に行ってみよう」
尾張靖浩は時枝秋の時間を無駄にせず、すぐに彼女と一緒に駐車場へ向かった。
しかし、そこは空っぽで、藤原修の車はあったものの、ライトは消えており、明らかに誰もいなかった。
時枝秋は笑って言った。「お父さん、先に戻って。さっき入口で待ち合わせるって言ってたの、忘れてた」
彼女がそう言った時、安堵の表情を見せたので、尾張靖浩は疑う余地がなかった。
尾張靖浩は彼女の表情からそれ以上の感情を読み取ることができず、彼女を信じるしかなかった。「じゃあ、合流したら電話してね」
彼も邪魔をしたくなかった。
入口はすぐそこだったので、娘が行くのを見送るだけでよかった。
時枝秋は彼の視線の中、入口に向かって歩き、そこで彼に手を振り、到着したことを示した。
尾張靖浩はそれを見て、発表会の会場に戻った。
藤原修はここにはいなかった。尾張靖浩の姿が見えなくなると、時枝秋も会場の下手に戻った。
彼女は隅の方を探したが、どこにも藤原修の姿は見当たらなかった。
心の中の不安が少しずつ広がっていく中、突然、後ろから抱擁が時枝秋をしっかりと包み込んだ。
「藤原修」時枝秋は彼特有の香りを嗅ぎ、安堵のため息をついた。