産科から院長室までは実際10分もかからない距離なのに、青木岑はぐずぐずと15分もかかってしまった。
院長の吉田信興は50歳を超えた男性で、四角い顔立ちと鋭い眼差しを持ち、古風な雰囲気の人物だった。
もちろん、第一病院で半年も経っていない研修生の看護師さんである青木岑には、院長様に会う資格などなかった。
病院の公式サイトで写真を見ることしかできなかったが、院長は若い頃、非常に優秀な整形外科の教授だったという。
何度もヨーロッパに視察に行ったことがあるらしい……
気がつけば院長室の前に到着していた。入口には金縁の眼鏡をかけた若い男性が背広姿で立っていた。
「青木岑さんですか?」男性が声をかけてきた。
「はい」
「院長がお待ちです。どうぞ中へ」
「はい」青木岑は頷き、不安を抱えながらドアをノックした。
「入りなさい」中から低く厳かな声が聞こえた。
青木岑が入ると、すぐに院長の姿が目に入った。写真で見た通りの人物で、白衣が眩しく輝いていた。
まだ60歳にもなっていないのに、髪は白くなり、目尻にはしわがはっきりと刻まれていた。
「青木岑さんですね?」院長が口を開いた。
「はい」
「こちらにお座りください」院長は意外にも優しい態度で、それが却って青木岑の不安を募らせた。
「いえ、立っていさせていただきます」青木岑は緊張した様子で答えた。
「遠慮しなくていいですよ。座って話しましょう」院長は手を振り、青木岑に座るよう促した。
これ以上断るのは却って気取っているように見えると思い、青木岑は黒いソファーに静かに腰を下ろした。
「実はね、今日あなたを呼んだのは、重要な任務をお願いしたいからなんです」
「はい、私にできることでしたら、精一杯頑張らせていただきます」青木岑は頷いた。
「昨日、首都から来た要人が当市を視察中に突然の脳出血を発症し、夜中に我が病院の最上級VIP病室に入院されました。本来なら我々の医療設備は最高レベルとは言えないのですが、容態が深刻で転院も難しい状況です。少しでも動かすと大量の頭蓋内出血の危険があるため、幹部で緊急会議を開き、当院で開頭手術を行うことに決定しました。3時間後に手術を予定しており、トップクラスの脳外科教授が執刀医を務めます」
院長の説明を聞き、青木岑は頷いた。状況の緊急性は理解できた。