西尾聡雄は黒いペンをゆっくりと回しながら、一言も発しなかった……
会議室にいる二十数名の幹部たちは息を殺して発言を控え、緊張感が漂っていた。
しばらくして、西尾聡雄が口を開いた。「あの案件は、もうパスした」
「えっ?却下したんですか?なぜですか、西尾社長。あれは我が部署が一年かけて予算を組んで測量し、三ヶ月かけて作り上げた企画です。必ず利益が出るはずです。会長も承認済みなのに」
西尾聡雄はそれを聞いて顔を上げ、開発区の部長を無関心そうに一瞥してから言った。「今のGKは私が采配を振るう。私の判断に理由は必要ない。受け入れられないなら、辞表を出せばいい」
言い終わると、西尾聡雄は手にしていたペンを机に叩きつけ、バンという音に全員が声も出せなくなった。
そして会議室を出て行った……
グリーンランドの企画が儲かることは彼も分かっていた。しかし、その案件を進めるには中央中学校に移転を強いることになる。中央中学校が彼にとってどれほど重要か、誰も知らない。それは、青木岑という女性をどれほど愛しているかを、誰も知らないのと同じように。
社長室にて
「社長、先ほどお電話がありまして、私が対応しましたが、相手の方はお名前を仰いませんでした」
永田さんは恐る恐る携帯電話を差し出した……
西尾聡雄は着信履歴を見た瞬間、冷たかった瞳に温もりが宿った。
すぐに折り返し電話をかけた……
「岑、僕に用?」
「西尾聡雄、話し合いましょう」電話の向こうで、冷静を取り戻した青木岑は、もう激怒した状態ではなかった。
「いいよ。どこにいる?迎えに行くよ」
「結構です。丘の道リヴ・ゴーシュ・カフェにいます」
「分かった。今すぐ行く」
電話を切ると、西尾聡雄の口元が緩んだ。先ほどの会議室での様子とは別人のようだった。
永田さんは驚きのあまり顎が外れそうになった……
この新社長が就任して一週間だが、誰に対しても笑顔を見せたことはなかった。会長に対してさえも。
でもこの電話で、社長が笑顔を見せた。なんということだ……
きっとこの番号の持ち主は、社長にとって大切な人に違いない。今後は気をつけて注意しておこう。
西尾聡雄はアウディR8を運転し、15分もかからずに約束の場所に到着した。青木岑はすでにそこで待っていた。