「私がそんなに馬鹿だと思うの?」西尾聡雄の一言に青木岑は返す言葉を失った。
彼女も西尾聡雄がお金持ちの馬鹿ではないと思っていた。
事態がここまで悪化している中で、もし金銭で解決するなら、それは彼女が罪人であることを認めることになってしまう。
しかも、あの家族は一億円もの法外な金額を要求してきた。
「吉田院長はどう言ってたの?」
「病院側の対応は任せておけ。余計な心配はするな」
「うん」
「夕方6時に話し合いの約束をしてある。先に家に送って休ませるよ」
「私も一緒に行かせて?」
「必要ない。この件は私に任せておけ」西尾聡雄はきっぱりと断った。
青木岑もそれ以上は主張しなかった。正直なところ、あの人たちと会ってどんな話ができるのかも分からなかった。
でも彼女は西尾聡雄を信頼していた。彼には常に自分なりの原則があったから。
食事の後、青木岑は家に帰って熊谷玲子とLINEをしばらく交わし、うとうとと眠りについた。
一方、西尾聡雄は約束の茶屋へ向かい、患者の家族と対面した。
産婦の夫は準備万端で来ていた。今回は大勢の人を連れてきており、17、8人はいただろう。
個室は人でいっぱいになった。おそらく彼は西尾聡雄に殴られたことがトラウマになっていたのだろう。
対照的に西尾聡雄の側には一人しかいなかった。40代くらいの男性で、スーツを着て金縁の眼鏡をかけた、物腰の柔らかな人物だった。誰も彼の素性を知らなかった。
「時間の無駄はやめよう。条件を言ってくれ」西尾聡雄は席に着くと、上着を脱いで後ろの男性に渡した。
「賠償金だ」
「いくら要求する?」西尾聡雄は産婦の夫を見つめて尋ねた。
「そうですね、あの看護師さんは私の妻と娘に悪影響を与えました。精神的損害や医療費、栄養費、慰謝料など、当然それなりの金額になります」
「兄貴、慰謝料は死亡した人の遺族に支払うものだぞ」
「慰謝料じゃなくて慰謝金だ。とにかく金を払えばいいんだ」
「いくら欲しいんだ?」西尾聡雄は我慢強く再度質問した。