第89章：彼女が気にかけているのは彼だけ（9）

「奥さん、何してるの？」電話の向こうから西尾聡雄の相変わらず優しい声が聞こえた。

「仕事よ」青木岑は意図的に明るい声を出した。西尾様に少しでも不自然さを感じられないように気をつけた。だって、あの人は賢すぎるのだから。

「仕事？どんな仕事？」西尾聡雄は今まで青木岑の日々の仕事について詳しく聞いたことはなかった。

青木岑はますます心配になってきた……

「えーと……いつもの仕事よ。病室の見回りとか、療養中の患者さんの観察とか、部下たちとの会議とか」

「そう、本当にそれだけ？」西尾聡雄は不安そうにもう一度尋ねた。

「もちろん……どうしたの？今日は私のことを全然信じてくれないみたい」青木岑は相変わらず心配でたまらなかった。

「さっきから右まぶたがピクピクしてね。こういう感覚がある時は、いつもあなたが何か悪さをしている時なんだ」西尾聡雄は淡々と言った。

青木岑は驚いて携帯電話を落としそうになった……

「えへへ……つまり、私が何か悪さをしているんじゃないかって疑ってるの？」青木岑はわざと聞いてみた。

「うん」

「もう、考えすぎよ。仕事中だし、何か悪さなんてできないわ。百二十パーセント安心して」

「気をつけてね」西尾聡雄は心配そうに言い添えた。

「はい」青木岑は頷いた。

電話を切ると、彼女の宙に浮いていた心がようやく地に着いた。西尾聡雄がビデオ通話をしようと言い出さなくて本当に良かった。

今ビデオ通話をすることになったら、少しでも躊躇していたら外に逃げる時間もない。だって、ドアの外には坂口晴人の恐ろしいマネージャーが見張っているし、もし彼女たちが中で飲酒しているところを見られたら、きっと散々な叱責を受けることになるだろう。

「ふぅ……危なかった」青木岑は携帯電話を白衣のポケットに入れながら、大きく息を吐いた。

「どうしたの？」坂口晴人は少し困惑した様子で彼女を見つめた。

「主人からの見回り電話だったの。私がお酒を飲むのを許してくれないから、見つかりそうで危なかったわ」

「結婚してるの？」坂口晴人は少し驚いた様子だった。青木岑がまだとても若く見えたからだ。

「うん、してるわ」青木岑は笑顔で答えた。

「まだ若いのに、もう結婚したの？」坂口晴人は少し理解できないようだった。