誕生日ケーキ

葛生は弁当箱を持って、ドアを開けて入った時、驚いて立ち止まり、進むべきか退くべきか分からなくなった。

彼は見間違えていないだろうか。堂々たるボスが壁際で、少女のつまらない話を聞いているなんて。

ボスは普段から無駄話を嫌っていた。

彼も仲間たちも仕事を報告に行く時、いつも言葉の数を数えてからするほどだった。

壁の上にいるその少女は、とても可愛らしく、話をする時には帽子についている二つのふわふわしたポンポンが揺れて、見ているだけで心が溶けそうだった。

しかし確かにどうでもいい話をしているのに、ボスは極めて真剣に聞いていた。

まったく信じられない。いつも冷酷無情で、人を殺すのも平気で、誰とも付き合わないボスが、一人の少女にこんなに寛容なんて。

「お兄さん、誰か来てるよ」

水野日幸が先にドアの所に立っている男性に気づいた。

その男性は仕立ての良いスーツを着て、背が高く、端正なイケメンで、手に上品な弁当箱を持っていた。

彼を見たことがあった。大物の側についていて、葛生と呼ばれていた。

長谷川深は彼に向けた。

葛生はその視線に、恭しく頭を下げ、そして直接別荘の方向へ歩いて行った。

水野日幸は何を見たのか、目をきらりと輝かせて言った。「お兄さん、うちの水野が帰ってきたから、私帰るね。お兄さんもご飯を食べに帰りなよ!」

長谷川深は何の表情も見せず、何も言わず、車椅子を回転させて去ろうとし、彼女に背を向けた。

水野日幸は心の中でため息をついた。彼女はこんなにたくさん話して、喉が渇くほどだった。

でも彼は、一言も言わず、彼女を空気のように扱い、まるで彼女が存在しないかのようだった。

なんてクソな人生だ、本当に挫折感を感じる!

彼女は男性が去ろうとするのを見て、呼び止めた。「お兄さん、今日は私の誕生日なの。誕生日おめでとうって言ってくれない?」

返事は、ヒューヒューと吹く北風と、車椅子が地面を転がる音と、全世界と境界線を引くような男性の冷たく疎遠な背中だけだった。

水野日幸は深くため息をついた。よし、落ち込まないで、少なくとも彼は花を持って行ってくれたんだから、まだ救いようがあるはずだ。

水野は車を玄関前に停まらせ、大きな包装袋を持って入ってきた。

彼女が梯子に乗っていた場所は、ちょうど一本のビワの木の陰に隠れていたため、水野は家に入ってきても、彼女に気づかないのだ。

庭の花は、全て彼女と出雲さんが二人で植えたものだった。

出雲さんは花を育てるのが大好きで、家の屋根裏も花でいっぱいで、高価な花も結構あった。

この庭の枇杷の木は、水野が故郷から大変な手間をかけて運んできたもので、全部で八本植えられていた。

八は彼女のラッキーナンバーで、出雲さんと水野は何かをする時、いつも八にこだわっていた。

彼女は季節の変わり目になると喉の調子が悪くなり、いつもかゆみがあって咳が出る。

出雲さんは夏の間に、手作りの枇杷膏を作って保存しておき、市販のものより良いから安心して食べられると言っていた。

水野はまだ玄関に入らないうちから話し始め、しかも声が大きかった。「絹代、ケーキ買ってきたよ。夜は料理を何品か多めに作って、長寿麺も忘れないでね」

水野日幸は眉をひそめた。彼女は出雲さんに自分が来たことを水野に言わないでと頼んでいた。サプライズにしたかったのに。

出雲さんは約束を守らずに自分を裏切ったか!

水野春智は家に入り、靴を履き替え、ケーキを取り出して、真剣に十七本のろうそくを数え始めた。「今日はうちの日幸の十七歳の誕生日だ。曽我家でどんなふうに過ごしているか分からないけど、あんな名門だから、きっと大きなパーティーを開いてくれているだろうな」

ちょうど玄関に着いて、サプライズを届けようとした水野日幸は、それを聞いた途端、鼻先がツンとして、涙が溢れ出した。

水野は彼女が帰ってきたことを知らないのに、彼女のために誕生日ケーキを買ってきてくれた。