第29章 笑ったに決まってる

水野邸は、温かく心地よい雰囲気に包まれていた。

水野日幸はリビングのテーブルで宿題をしながら、耳を澄まして玄関先で車の音を聞くと、持ち物を手に取り、風のように飛び出していった。

「日幸、外は暗いから気をつけてね！」出雲絹代が声をかけたが、娘は小さなヒョウのように、すでに外へ走り出していた。

彼女は隣のおじさんと仲が良く、毎日挨拶を交わしていた。

水野日幸は塀の上に登り、車が隣家の玄関に停まるのを見て、興奮して身を隠した。

葛生が長谷川深を押して家に入る時、無意識に塀の上を見たが、そこにいるはずの少女の姿が見えず、少し寂しく感じた。

引っ越してきてから、少女は毎日朝晩欠かさず挨拶をしていた。

朝食に新しいメニューがある時は持ってきてくれ、ない時でも「行ってきます」と言って学校へ向かっていた。

午後、学校が終わると真っ先に挨拶に来て、面白い出来事があればボスに学校であった話をし、なければ塀の上に座って教科書を暗唱したり英語の発音練習をしたりしていた。

そのため、ボスは毎日朝晩、塀の角で彼女が現れるのを待つようになっていた。

しかし今日は仕事の処理が遅くなり、もう10時を過ぎている。少女は明日も学校があるから、もう来ないだろう。

長谷川深は車椅子を直接塀の方へ向けた。

水野日幸は車椅子の音が近づいてくるのを聞くと、突然立ち上がった。照明が点き、澄んだ声が軽やかに響いた。「お兄さん、うさぎを見て！」

長谷川深は照明に照らされた方向を見ると、塀にはっきりとウサギの影が映し出されていた。少女が手影絵を見せてくれているのだった。

「鷹が飛びます！」

「オオカミだよ、アウー！」

「ヤギ、メェー！」

「子犬、ワンワン！」

「子豚、ブーブー！」

「子猫、ニャー！」

……

「牛、モー！」

「ロバ、ヒヒーン！」

長谷川深はここで思わず小さく笑ってしまった。

水野日幸は幻聴かと思い、動きを止めて目を丸くして彼を見つめた。「お兄さん、今笑った？」

長谷川深はすでに普段の表情に戻り、首を振った。

水野日幸は「違うよ、絶対笑ったよね」と言った。

長谷川深は葛生の方を見て「私が笑った？」と尋ねた。

葛生は急いで首を振った。笑ったんだ、確かに笑ったんだ、素直に認めるべきだと思いながら「水野お嬢様、私が笑ったんです」と言った。