「プレゼントを贈るのに、見せないの?」
「あまり良くないから、きっと気に入らないと思うの。ただ、私が嘘をついていないってことを見せたかっただけ。私が書いた小説は、本当に出版されたのよ」
「わかったわ」
「約束よ。絶対に見ないでね。見たら、あげないからね」
「約束する」
水野日幸はやっと安心して、かごに本を入れて下ろした。
「お兄さん、この本には私のサインが入ってるの。全部レアものよ。私、今まで一度もサイン本を売ったことがないの。出版社の社長が頼んできても、断ってきたのよ。将来、私が有名になったら、価値が上がるはずよ」
長谷川深は本を手に取り、丁寧に膝の上に置いて、彼女を見上げた。「早く休みなさい」
水野日幸は車椅子で去っていく男性の後ろ姿に向かって、諦めきれずに尋ねた。「お兄さん、私に言いたいことない?」
長谷川深の低くて魅惑的な声が空気の中に響いた。「明日、うまくいくように」
水野日幸は彼の背中に向かって大きなハートマークを作り、甘い声で言った。「ありがとう、お兄さん!」
長谷川深は宝物のように本を書斎の一番目立つ場所に置いた。
全部で八冊の本があり、すべて中短編小説で、少女心をくすぐるような可愛らしい装丁で、少女はピンク色のリボンで大きな蝶結びを作っていた。
「葛生」長谷川深が呼んだ。
葛生がドアを開けて入ってきて、高級感のあるグレーの書斎に不釣り合いな一束の本と、目が眩むようなピンクの蝶結びを見た。「ボス」
「この本をもう一セット探してきてくれ」長谷川深は命じた。
葛生は「はい」と答えた。
ボスは少女と約束して、絶対に読まないと言ったはずなのに。少女の書いた本を読むつもりなのか?
こういう学園小説といえば、学校一の美女と美男子の恋愛とか、切ない恋とか、永遠の愛とか、私はあなたを愛してないけど彼を愛してる、彼は彼女を愛してるとか、そんな感情のもつればかりじゃないか。
ボスは本当にこんな少女の妄想による早恋小説を読むつもりなのか?
水野日幸が塀を降りて家の玄関に着いたとき、水野春智が誰かと電話で話しているのが聞こえた。未払い金と不動産の話だった。
「お父さん、私の言う通りにして。マンションを受け取って」水野日幸は断固とした口調で言った。「信じて、このマンション、将来絶対に売れるわ」